新撰組

●新撰組


 父上がご府中に到着し、それ入れ替わる様にご継嗣様が国許へ帰る許可が下りた。江家こうけ家中では毎年の事とは言え、入れ替わる家臣の引継ぎと梅雨明けをまっての出立である。

 ご重役の思惑と大樹公たいじゅこう様の計らいも重なって、わしもこれに合わせての出発となった。



 破軍神社の奥座敷。梅雨明けを待って待機するわしが、雨に煙る庭から射す明かりで、木筆もくひつ(鉛筆)を手に増員される御親兵ごしんぺいの編成を行っていると。

登茂恵ともえさ~ん。トシ様です」

 摩耶まや殿が客を座敷へと誘った。


「なあ摩耶っち。毎回思うんだがよ」

「はい?」

「蹴飛ばして簡単に外れる引き戸って、あんまし意味ねえだろ。

 もっと確り釘打ちしとけ」

「はうぁ~!」

 ご自慢の備えを、身も蓋もなく言われて頭を抱える摩耶殿は。

「これじゃ、折角の鴬張りの廊下が泣いちまうぜ」

「うっうー。うっうー……」

 トシ殿に止めを刺されて隅っこで蹲ってしまった。



「て、う訳でよ。おら達も郷士格ごうしかくで新しくえらばれた組に入ることになっちまった。

 うちの兄貴も『さむれえに成れるんなら成れ。日野で畑耕すような暮らしはおめえにゃ無理だ』っつーて、快く送り出してくれたわ」

 破軍神社の奥座敷まで報を届けてくれたトシ殿に、

「おめでとうございます」

 わしがお祝いの言葉を述べると、トシ殿はオダマキの根を齧ったような顔をしてぼやくには、

「でな。御親兵ごしんぺい奈津なつっちが目付だろ? おらにゃどう考えても心配事しんぺえごとしかねえんだよ」

 何と一向には、水府にいとまを貰った浪士達が多数加わって居るのだと言う。


「今、この時期に水府の浪人ですか?」

「ああ。あいつら得体が知れねえだろ?」

 今ご府中で水府浪士と言うと上巳じょうしの変、即ち彦根中将襲撃事件で無駄に有名である。


「奴ら、俺達と違って面識もねえ。いくら世話んなる壬生の家老の娘ったってよ。若い女と侮り言う事聞かねえだろ」

「ですから、登茂恵ともえも京に参ります」

「だぁー! 面倒事しか思い浮かばねえ。ほんとお手柔らかに頼むぜ」

 それはわしも同じ思いである。


「それでいつご出立ですか?」

 十日後とトシ殿は言う。

「まだ梅雨も明けてはいませんよね」

「それだけ急いでるんだろうな」


 解かる。彦根中将様が睨みを利かせ、遥々はるばる義卿ぎけい先生を護送で来た頃でさえ、勤皇の賊は跳梁していた。

 まして上巳の変で大樹公家と彦根中将の威信が揺らいだ今は、更に危ういと思われる。


 浪士・郷士の有志を募り新たに撰ばれし組は、京の治安を担う者達である。

 トシ殿の話に拠ると、以前お城でお会いした清川木鶏きよかわもっけい殿を肝煎りに、島崎勇しまざき・いさみ殿を始めとする試衛の者多数が召されて、平隊士として加わっている。


「島崎殿ほどのお人が平隊士にございまするか?」

 どう見ても扱いが軽過ぎる。そうわしが口にすると、

「しゃあねぇ。今でこそ道場を差配してさむれえみてえに振舞っているけんどよ。

 元は多摩の農民だ。それが郷士として、曲がりなりにも士分扱いされるだけましだ。

 講武所師範の話が出たくれえの腕前でも、士分じゃねえだけでおじゃんになっちまった。

 そっからするとてえした扱いさ」

 トシ殿は自らにも言い聞かすようにわしに向かって説明する。


 わしは引っ掛かりを感じ、

「やはり身分の壁は薄くはない。と言う事にございまするか」

 と問い詰めると。

「そう言うこった」

 トシ殿は虚無の笑いを浮かべ鼻で哂い、

「だがな。まあ見てろ。新しく撰ばれし組っつーのがミソだ。

 いいか。こん中でも水府派と一、二を争う勢力がおら試衛しえいよ。

 俺達試衛は島崎師範の言う事しか聞かねえ。実に名が追い付くのはそう遠くねえ筈だ」

 これは自分達の出世の手懸りにしか過ぎない。と言ってのけた。



 十日後。新しくえらばれし浪士郷士の組は、梅雨をものかはと上洛する。

 前後して浪士郷士の目付兼御親兵ごしんぺいの先触れとして、奈津なつ殿が数騎を連れて小早で出港して行った。


 エゲレス公使オールコックス殿は、この日の事をこう日記に記して居る。

――――

 降りしきる雨の中。黒い一団が、八島の神の子孫とされる神聖なる皇帝『ミカド』の居る土地を護る為に旅立って行った。


 ミカドは中世から近世までのローマ法皇に似た者であり、八島の全ての世俗の権威は、ミカドに任命される事に因って担保される。

 ローマ法皇に破門された者は、王位・皇帝位を保つことが出来なかったのと同じように、ミカドから朝敵とされた権力者が、その地位を保つことは難しい。中長期的に言えば、全て滅亡の受け目を見ているのだ。


 ミカドの居る京を護る為の彼ら、揃いの墨染すみぞめころもを来たサムライ達は、八島の言葉でこう呼ばれる。

 新しくえらばれし組の者と言う意味で『シンセングミ』と。

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