大樹公の黄金水
●大樹公の黄金水
「苦しゅうない。
三度言われてゆっくりと顔を上げると。一段高い奥の畳に、
まだ若い。本当に若い。数えの十四と言うから、平成の御代で言えば中学生くらいの若さだ。
当代の
元は大樹公家の
「
長姫とは誰の事かと首を傾げる。
八重殿は陪臣の妹ゆえ姫と呼ばれることは無い。ここには女の茶坊主である
ならば消去法でわしの事かと頭を下げると、御坊主がわしの手元に膳を運んだ。
白磁の徳利に入った冷たい飲み物だ。
「
「頂戴致します」
添えられた白い小さな杯に注ぐと、少しとろみのある澄んだ淡い飴色の液体だった。日に透かすと、確かに
さて。口に含むとほんのり甘い。なんと表現したら良いのだろう? 敏感な子供の舌に感じる物は。
その正体を確かめようと目を
すると
多分大人だったら感じる事の出来ないほど弱く小さく。遥か遠くで霜が降りる音のような苦みを覚える。
「これは
「ほう? 判るか」
大樹公の嬉しげな声。
「甘味は四国は
いいえ、ならばもっと深く舌に滲みてくることでしょう。また斯様な苦みはございませぬ。
恐らくこれは、伝えに聞く
それはメイプルシロップのように、秋を彩る
「よう判るのう。葛を湯に溶かし甘葛煎を加えて冷まし、器を井戸に浸けて湧き水の如く冷やした物じゃ」
「なんと!」
驚きの声を上げると、大樹公様は得意げに語る。
「水は櫻の井の名水を取り、黄金を煮詰めし物。葛は吉野の本葛にて、
流石天下を治める大樹公。手間の掛け様が違う。
「ん? どうした? お八重も飲むが良い。それとも、甘い物は苦手であるか?」
「いえ。そだこどは……」
「ならば飲め。
「は、はい。有難ぐ頂ぎます」
「そうじゃ。御事らは予の客なれば、そうおこづくでない。
長姫を
ガチガチに緊張し声も裏返って入る八重殿。しかしこれは随分な言い様だ。
「お恐れながら……」
「どうした?」
わしは八重殿の為に口添えをする。
「上様は
ならば上様の威に固まるのは致し方無き事にございまする」
すると大樹公様は
「ははは」
と愉快に笑い、
「つ離れしたばかりの御事がそれを申すのか」
とわしの顔を見た。
因みに『つ離れ』とは、十歳以上の謂いである。
一つ二つと数えて九つまでつの字が付いて行くが、
大樹公様はやんわりと、まだ尻の青い小娘が利いた事をと言ったのだ。
「私は別式女を志す国主の
何れはご尊顔を拝し奉りたいとお召しを待ち望んでおりました私と、突然の果報に戸惑う八重殿を比べるのは如何かと存じ上げます。
剛毅の
怖じず直言するわしに大樹公様は、
「なるほど。
寧ろおこづくなと言わねば成らぬのは、御事の方であったか」
調子づくなとばかりに、目付き鋭くわしを睨む。
「出会え!」
大樹公の下知と共に、すたっと開く襖。壇に近き畳がこちら側に向けて跳ね上がる。
横手から畳の下から、跳ね上がるように現れたのは薙刀を持った女達。
油を塗った様な薙刀の刃が妖しくピカリと耀いた。
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