閑話

見渡せば

●見渡せば


 御門を潜ると、


「姉上ぇ~!」


 小走りに駈け寄る小さな子。



 年の頃は七つ八つの幼児だが袴を着け、腰には確りと大小の躾刀を帯びている。


「元気にしていたかい? 尾巻おまき


 奈津なつ殿が屈んで真正面から受け止めると、幼児・尾巻は「きゃはっ」と笑いの声を上げた。



「お嬢様。お帰りなさいませ」


 ばあやとも呼ぶべき年頃の、女の武家奉公人が深々とお辞儀をする。そしてわしに目を向け、


「もうし。こちらのお嬢様は」


 と奈津殿に問うた。


「上様の命により御親兵ごしんぺいを創られた、登茂恵ともえ様だ。

 幼くとも、僕の上役に当る御方だから失礼の無い様にね」



「登茂恵様。御目文字叶い、恐悦至極にございます。鳥居とりい家嫡男、尾巻と申します」


 甲高くて滑舌の悪い幼児の声。しかし口上は確りしていた。


登茂恵ともえ様。お国はどんな所ですか? ご府中ふちゅうまでどんな旅でしたか?」


 この屋敷に生まれ、一度もご府中の外を見たことが無いと言う尾巻殿だ。

 わしは 聞かれるままに話をする。


 苔して羊のはらわたのように細く曲がりくねった箱根の山道を。

 さっと開けて一望千里。岩肌を露わにした険しい二子山が間近に迫り、遠く芦ノ湖が視界に入り、微かに望む白い富士山の姿を。



「御親兵って強いんですか? エゲレスやオロシャに勝てますか?」


 幼いと言ってもやはり男の子。しかも武士の嫡男だ。

 西洋式軍隊の話に拳を握る。しかも、わしが新式銃である施条しじょう銃と、まだ西洋でも採用されていない新戦術や新兵器の話をすると手を打ってはしゃいだ。


 そして仕舞いには、


「登茂恵様。尾巻も御親兵に入れて下さい」


 と、しがみ付かれる始末。


「尾巻! いい加減に無いと、僕怒るよ」


 姉の奈津に叱られて、漸くわしの服を握る手を離した。


 一喜一憂。拳を握ったり手を打ったりと子供らしい反応は嫌いではない。だから、


「登茂恵さまは、西洋三味線の名人と伺いました。何かお願いできますか」


 と乞われた時。


「そうですね。こんな歌がありますよ」


 と、有名な童謡のメロディーを奏でた。

 結んで開いてなどと、いまさら幼児のお遊戯の歌を歌うのも気恥ずかしかったので、歌は伴わずに。


 初めて聞くメロディーに、尾巻は膝を叩きながら耳を傾けて居たが。やがて、


「五、五、五、五の区切りなんですね。今、唄いを付けて見ました」


 そう言って尾巻殿はにこにこしながら節に合わせて、たった今作った出来たての歌を歌う。


――――

♪見渡せば 寄せて来る 敵の大軍 面白や

 すわや戦い 始まるぞ いでや人々 攻め潰せ

  弾丸込めて 討ち倒せ

  敵の大軍 撃ち崩せ♪


♪見渡せば ずれくる 敵の大軍 心地良や

 もはや合戦 勝ちなるぞ いでや人々 追い崩せ

  銃剣付けて 突き倒せ

  敵の大軍 突き崩せ♪


 著作権消滅

 作詞:鳥居まこと(幼名:鳥居尾巻)

 作曲:ジャンジャック・ルソー


(現代文訳)

♪見渡せば 攻め寄せる 敵の大軍 面白い

 そ~ら戦い 始まるぞ さ~あみんな 攻め潰せ

  弾丸込めて 討ち倒せ

  敵の大軍 撃ち崩せ♪


♪見渡せば 潰ずれ始めた 敵の大軍 心地良い

 もはや合戦 勝ちなのだ さ~あみんな 追い崩せ

  銃剣付けて 突き倒せ

  敵の大軍 突き崩せ♪

――――


 うーん。幼くともやはり武士の子だ。

 わしは思わず苦笑した。


 どこで知ったものだろう?

 西洋でまだ広く使われている戦列歩兵の戦術が、見事歌詞に織り込まれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る