恐るべきは
●恐るべきは
気球が
晴天の強い
「こないな景色は、お殿様でも見たことあらへんやろう」
スケッチに勤しむお春が、
「多分、土州ではうちが初めてなんやろうね」
レシーバーを付け、
だが半分物見遊山な空気も、
「入電!」
レシーバーに呼び出し音が入って来るまでだった。
お春が描いた糸格子越しに見る風景。それを納めた信書管を、気球の
気球観測班の当面の役目は二つ。一つは戦場の鳥瞰報告。イロハと数字でマスを指定し、上から彼我の配置や移動の様を下に伝える。そしてもう一つは通信の中継だ。
「お春殿。信殿より発光信号。『膠着。対峙す』」
山田橋膠着の情報が電信で下に送られる。
「電信。第一、第二別動隊に連絡。『山田橋膠着』」
乙女殿は指でじゃんけんの鋏を作り、その中に別動隊を入れ、鏡で指に光が当たるように信号を送る。
「第二別動隊より返信『我、急行す』」
無線の発達した後の時代からすると、とてもまどろっこしい遣り方であった。しかし今現在、これは
「乙軍の援軍らしき者、川上から川沿いに井口
電信で伝えられると。下は対応の動きが始まる。地物を利用して接近しているが、上空からは丸見えであった。
「
江ノ口川沿いに進むわしらは、山田橋対岸を睨むこの場所に砲兵陣地を形成した。程なく、
「第二別動隊。山田橋後方に回り込みました」
上空の気球から、発光信号で連絡が入る。
「
わしは通信の伝達時間を計って、気球に向けて発行信号を送らせる。
仮橋を渡り、山田橋の後方に回り込んだ第二には
至近距離でなければ、直撃を食らっても対した怪我をしない模擬弾とは言え。これが同時攻撃の恐ろしさ。
斜め前から後ろから、短時間で矢継ぎ早に送り込まれる砲弾。そして混乱の静まる間もなく間髪入れずに行われる後方からの突入。やや遅れて繰り出される本隊の
山田橋が
ゴーン! 捨て鐘が鳴り響いた。
時計は十二時八分。本来の演習修了を告げる九つの鐘だ。
「何とも恐ろしいものや。恐るべきは時計と通信の威力にゃあ」
観戦武官の後藤殿は肩を竦める。乙軍側から戦いを観ていた彼は、新兵器・幸筒の旧来の常識を覆す瞬間連射能力よりも、タイミングを合わせた同時攻撃の威力を脅威として受け取ったようだ。
「午後からは、標的相手の実弾を使った演習をお見せ致します。お昼ですので弁当を使いましょう」
わしはとてもそんな気には為れないだろうなとは思いつつ、後藤殿を誘った。
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