スタンダード1

●スタンダード1


 一般に。職人と言うのは気難しきもの。腕の良いたくみほど、刻苦こっくして会得したものを絶対とする。


 匠のわざは得難きもの。しかし仮に八島に百万の匠が居たとしても、工業化した国には敵わない。

 小銃一つを取り上げても、それぞれののりが異なるため、甲・乙・丙・丁の名工四人が作った銃をばらしてかき混ぜると、真面に組上がらないのである。あたかも貝合わせの蛤が、対のからとしか合わさらぬように。


 わしは今まで、ライフルを刻む旋条鈕しじょうちゅうや弾丸造りの鋳型鋏いがたばさみなど、多くの物をこの仁吉にきちに依頼して来た。

 彼は得難き名人であるが、既に彼一人では追い付か無くなって来ていたのだ。



 仁吉が集めた主だった鍛冶の親方達に向かって、わしは自説を述べる。

 わしの後ろでつつを捧げ、整列する御親兵ごしんぺいを負って。


「皆様はそれぞれ天下一の名に連なる名工にございまするが、匠唯一人ただひとりにて外国とつくにの機械全てとは戦えませぬ。

 今こうしている間にも、大量の石炭いわきが掘り出され、おびただしきはがねが生み出され、山を穿うがちて山をる有様。


 鉄砲・火砲ほづつ・蒸気船。機械の力であらゆる物が作りだされ、鉄路が血脈ちみゃくのように張り巡らされて、人や物が翼を与えられたかのように国中を行き来致します。

 旧来の遣り方に拘っては、必ずやその物量に圧し潰されてしまうことでしょう。


 万夫不当の武者も、鉄砲の弾一つでたおされる世となりました。

 その鉄砲さえも今は機械の世の中にて。千挺の鉄砲をバラして部品毎に分け、富くじを突くかのように混ぜ合わせても、元の千挺に戻すことが出来るのでございます。

 対して八島のしなは、仮令たとえ全てが仁吉の逸品が如くあったとしても、職人のわざとは一品物。一人の職人が刀を打っても、一つとして同じ刀は存在致しませぬ。


 物は何時かは壊れるもの。例えば鉄砲のただ一部が壊れたとして、職人の業には替えがございませぬから、百挺の壊れれば百挺が失われます。

 されど外国の鉄砲は、壊れていない部分を組み合わせて五十挺、あるいは八十挺の鉄砲とすることが叶いまする。

 同じ百挺の鉄砲で戦っても、永く戦いが続けば行方はわかりますね。


 敵が黒船で来たならば黒船をて、火砲には火筒をもって対処せねば勝てる道理がございましようか?

 それ故、登茂恵ともえしてこいねがうのです」

 こう言ってわしは、皆に向かって最敬礼で頭を下げた。


「それで、わしらはどうなるのかね」

「何をすればよいんだ?」

 ざわめきの声が流れるが、わしはそれが鎮まるまで頭を下げ続けた。


「例えば芝居小屋は、千両役者だけで成り立つわけではございませぬ。

 端役に使う者共は、役者と申さず人足にんそくと呼ぶ慣わしで、素人に毛の生えた者を当てるそうにございます。


 大工の棟梁は、柱の一つ板の一枚に至るまで全てをお一人で扱い、家を建てる訳ではありませぬ。

 配下の大工を使い熟して、自らは本当に統領だけしか出来ぬ仕事に専念致します。


 武家の大将もまた同じ。自ら槍を振るって戦っても、一人の武勇は知れております。

 船を穿ち沈める程の強弓をもってしても、鎮西為朝ちんぜいためとも公はいくさに破れ。

 天下一の剣豪が累代の名刀を惜しげなく使い潰しても、足利義輝あしかがよしてる公は討たれたではありませぬか?

 一人の武勇は百の、あるいは千の軍勢に敵わぬのでございます。


 それ故、登茂恵は呼び掛けるのです。

 親方の皆様。そして腕の立つ職人の皆様より人足の仕事を取り上げ、千両役者をやって頂きたいと。

 皆様が足軽ではなく大将になって頂かねば、到底とうてい八島は外国にせませぬ」

 ここでわしは言葉を区切る。ざわめきが波紋と広がり、そして鎮まるのを再び待つ。


 この様子を遠巻きにして。

 これは何事かと身構える町方の者や、御親兵と町方の一合戦を見物しようと押し掛けて居た野次馬共。

 そして良いネタと筆を執る瓦版屋の面々が見詰めていた。

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