スタンダード2

●スタンダード2


 辺りは騒いだ。特に野次馬達がざわめいた。

 しかし多くの者は、わしが何を言っているのか理解の埒外らちがいにあることだろう。

 わしは騒ぎの大波がさざなみに落ち着いてもなお口を閉ざし、鏡の如く蒼天を映すまで待った。


「登茂恵が皆様に何を望むか? それは、千挺掻き混ぜても組上がるのりであり、素人に毛の生えた人足でも、必要とされる物を作り出すことが出来る機械であり、その機械を正確に作る機械にございます。


 実例を挙げるのは簡単にございます。そこな仁吉にきち親方の作りし旋条鈕しじょうちゅうさえあれば、誰でも旋条を刻むことを得、弾丸造りの鋳型鋏いがたばさみがあれば、つたない職人はおろか子供やそこいらのお中間が、片手間に新式鉄砲の弾が作れるのです。


 しかしくだんの道具を造るのは、凡百の者には出来ませぬ。皆様のような腕が必要にございます」


 ここでまた言葉を区切ったが、今度は静まり返ったまま。

 わしは親方達がわしの言葉を咀嚼そしゃく嚥下えんげするまで、心の中で百ほど数を数える。

 そして親方達の耳目がわしに集中し、一言も逃すまいとなった機を計り、初めて言葉を紡ぎ出す。


「さて。親方や腕の立つ職人が、てんでに道具を作っても。今度は別の道具で作った物同士の替えが効かなくなくなります。

 そこで皆様には、道具ののりを定めて頂きたいのでございます。


 ここにフランス国で作られた物差しがございます。これは誰が測っても同じ長さになる物を元に定められております故、これを則として道具や機械を作って頂きたく存じまする。


 取り敢えず皆さまには、この物差しを寸分違いなく写し取って頂き、これをもといに、螺子ねじなどの小物に至る規矩きくを細かく定めて頂きとうございまする。螺子を取り替えてもきちんと締まる様に、道具を作る道具を創り上げて頂きたい。

 これは。そこいらの職人では到底敵わぬ手練しゅれん御業みわざ無くしては、実現するものではございませぬ。そう、仁吉にきち殿とその高弟こうていの方々のような腕無くしては。

 こうして創られし規は、くわしい時計のような物を作る場合にも。偉力いりょく、そう偉大な力を発揮致しましょう。

 後の者はすべからく。皆さまが定めた規矩に従って歩むのでございます。これぞ職人の本懐ではございませぬか?」

 そう。つまりわしは工業規格の設定と治具の作成を依頼したのだ。



「気に要らねえなぁー!」

 声が上がった。

 未だ三十路みそじ前と若いが、腕は親方連中と変わらない鍛冶職人だ。

 彼が声を上げると、我も我もと面白いように声が上がる。

 皆、最初に声を上げた職人よりも若い連中だ。腕は彼よりやや劣るものの、揃って一人前の職人達。

「やいやいやいやい! 黙って聞いていれば四の五の御託ごたくを抜かしやがって。

 いんやぁ、職人はそう言うもんじゃねえ。一から十まで手前てめえの腕一本で作るべきもんだぜ。

 千の鉄砲をバラシて掻き混ぜ、また千の鉄砲に戻せるかだと? 上等だあ。やってやろうじゃねえかよ」

 最初の職人が肩肌脱いで、威勢良く啖呵を切る。


「では」

 とわしが詰め寄った。

「今、オランダから文が届き、遅くとも十日後に外国とつくにが攻め寄せて、

 『降伏して女子供を差し出せ。やっこはしためにしてくれよう』と抜かす腹積もりだと告げし時。

 あなた様はお一人で、一万挺の鉄砲と、一挺に付き千発の弾を揃える事が叶いまするか?」

 とまくし立てた。


「で、できらぁ!」

 その職人は叫んだが、

「チュウ。その意気はいいけんどよ。出来ねばおめえのガキもかみさんも取られちまうんだぞ」

「どんなにお前の腕が良くたって。観音様でもあるめえし、腕はたったの二つしかねえ。

 十日で千挺打てるわきゃねえんだ。まして弾まで作れめえ」

 釘を刺したのは彼の師匠だった。


「いいか。一人じゃ大仕事はできねえ。東照宮だって名人一人が建てたんじゃねえんだ。

 一刻を争う時、名人は名人しか出来ねえ事を遣るべきで、昨日入ったガキがやるような仕事をするのは心得違いだろ。

 登茂恵ともえ様はその事を言ってるんだぞ」

「師匠。しかし……」

「しかしも案山子もあるか! 今のお前が出来たとしよう。だがな、お前いつまで生きる気だ? 百を超えて生きたってよ。わけえ時にゃ出来たもんも、歳食って目はしょぼしょぼ、手はよろよろに成っちまったら出来なくなっちまう。

 それにな。いくら弟子の飲み込みが良くても、いくらガキの出来が良くても、お前とすっかり同じにゃならねえんだ」

 諭す親方に彼は折れた。


(済まない。良くぞ嫌な役目を引き受けてくれた。この借りは倍にして返そう)

 わしは恥を掻かされる形となった職人に、心の中で感謝する。


 彼が折れると、予定通り賛同した者達も大人しくなり、一応は納得して去り行く職人達。

 それと入れ替わるように、新しい一団が前に出た。

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