仕切り直し

●仕切り直し


 六連発拳銃のせいで賊を取り逃がした親分は、


「東御役所の関出雲守様のお言葉は頂いてる。早う町代ちょうだいの奥田様・早川様に応援を頼みに行って来るんや」


 と仮包帯もそこそこに、足の速い子分を選んで使いに出す。



「参ったな」


 親分は小声でわしにだけ話す。


「連発出来る銃は、それだけで脅威や。せめて槍や刀の斬り合いやったら、殺し合う覚悟の有る者達も、鉄砲相手は怖気ずく」


 たかが拳銃の弾は六発。最大六人しかたおせない。とは言え誰もその六人に成りたいと思わない。

 これが斬り合いならば、斬られても腕前の拙さと納得も出来よう。多勢で刺股や梯子を使えば、剣の名人とて武勇を振う前に何とか出来る公算が強いし、斬られたからと言って浅手で済む場合もある。


「鎖を着込んだり、分厚うサラシを巻いたり。それなりに準備はさせたんやけど、鉄砲には敵わへん。

 しかも六連発の蓮根れんこん銃や。こいつはあかん」


 鎖帷子や鎖手っ甲も鉄の鉢巻も刀に対する備えには成っても、鉄砲の前には意味がない。どんな腕利きも、一太刀も浴びせる事が叶わぬまま殺され得る。これが鉄砲の怖い所。

 河豚の事をテッポウと言う地方もあるが、あれは当れば死ぬからだ。


 実際問題。この時代の拳銃は急所に当たらなければ先ず即死は無い。逆に言えば直ぐには死ねない。

 しかしだ。衛生の概念さえナイチンゲールが取り組むまで一般的なものでは無かったし、医療が未発達だから、腹に当たればはらわたが腐って三日ほどの悶絶の内に死に至る。

 いや、命には別条ないと思われる手足に当たっても大事だ。トラファルガーで有名なネルソン提督の片腕は、たった一発の弾を受けたが為に切落さねばならなかったのだから。


「わしも相手刀やったら突っ込んで行けるが、鉄砲では二の足を踏む。

 わしが出来もしいひん事を子分共に命令するやら、誰見ても無理筋やな」



 軍隊なら、必要とあれば機関銃を備えたトーチカに突撃命令を出すことも出来る。

 しかし今は、国家の安危が懸かった戦場ではない。親分達だって京の治安を任された訳でもない。

 単なるおかみの手伝いに過ぎないから、基本的に賊を切り捨てにする権限もなければ、役目に殉じた場合の補償も無い。

 つまりは、親分達が必要以上の危険を冒す義理も無いのだ。


 それに軍令といえども限度がある。最初の犠牲は仕方ないとしても、無策な突撃命令で二度三度と犠牲を出せば、指揮官を狙う弾が前方以外のどこから飛んで来てもおかしくは無いのである。

 だから。後方で指揮を執る上位の指揮官は前線指揮官の判断を重く見るし、前線で指揮を執る者は大隊クラスの指揮官でも予備隊続けと先頭に立つ訳だ。



「それでも。咄嗟に私を庇われたのは何故にこざいますか?」


「判らへん。気付いたら庇うて居ただけや」


 血の滲む仮包帯の手を左右に振って、気にするなとわしに言う。

 なるほど。そう言うおとこなのか、親分と言う人は。


「まあ。肥後守様や山本様への義理は、わしん手傷で十分果たしたさかいな。

 この上重ねて子分どもを危険にさらすことはあらへん」


 流石、胆斗たんとの言葉じゃ役不足。胆は斗で無く石で量ると言われるだけの事はある。



「おーい。引き継いだら七条新地に行くで。あんたらの分、一晩借り切ってるんやさかいな」


 親分の言葉に、


「親分おおきに!」


「わし、一生親分について行く」


「へい。喜んでごちそうになる」


 がやがやと子分達から上がる歓声。


「ちょい待て。あんたらは直ぐ羽目ぇ外すさかいな。

 酒は、いつ出入りがあって斬り合うてもいける所に抑えて置くんや」


「ええー。殺生な」


「親分のいけず」


 苦言を呈する親分に不平の声が上がる。


「そん代わり、女と食い物は遠慮なしでええで」


 再び沸き立つ声の中。親分はわしの耳元に囁いた。


「と、言うのんは表向きの事や。前にも話した通り、色街に目星を付けたーるんや。

 賊は必ず女を抱きに来るもんやさかいな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る