蓮根銃

蓮根れんこん


 一時的なものであったが、二条新地の親分は肥後守家経由で十手捕り縄を預けられた。

 それだけ勤皇の賊は京の街を騒がして居たのである。


 親分は百人ばかりの子分を手配して、伊豆屋と山崎屋を見張らせた。



 日暮れから二刻ばかり過ぎた頃。

 月は半月に近いが生憎の曇り空。真闇に近い京の街を、抜けるように進む二十ばかりの人の群れ。

 服・火事頭巾・手っ甲・脚絆・股引きを、闇に溶ける路考茶ろこうちゃ色に染めた集団だ。


 一人が伊豆屋の戸板に近付くと、掌に収まる丸い形の鋸を取り出して戸板をいて行く。

 見る間に戸板に二の字の切れ目が入り、程無く切れ目は井桁となる。

 短刀で真ん中を手前に抉ると、リングプルを開けるように簡単に大穴が開いた。


 穴から手を入れ用心棒を取り外すと、敷居に水を流して戸を開ける。

 そうして前から堂々と中に全員が入り込んだ時。


 ピィー! ピィー! ピィー!

 呼子よぶこの笛が闇夜に響く。


 ぱっと光りが投げかけられ、賊達を照らした。

 沢山の龕灯がんどうが闇に煌めく。



「勤皇賊、御用だ!」


 二条新地の親分の声が響く。それを合図に次々と灯る御用提灯。


「御用! 御用!」


 と嬉しそうに響く子分たちの声。

 一つ間違えば自分達に掛けられる声を、賊に向かって張り上げるのは実に小気味良いらしく、声に張りと力が籠っている。

 相手は侍が想定される為、伏せていた大八車を持ち出して囲んで行く。



「しまった。漏れでいだが」


「チェースト! 羽林めん犬ごときに、おい達が遅れをとっもんか。正面から堂々と血路を切り拓いてやっ」


 抜き放つ刀が、妖しい光を捕り手達に向かって還す。

 時間が小さく収縮を始め、白刃がつるぎの山を成すかのように光る。

 静寂しじまに流れていた夜の調べが、一瞬にして凍り付いた。



「聞け! われらは畏くも当今とうぎん様の御為おんために立ち上がりし志士なり。

 永く朝廷を蔑ろにし、勅許なく神国を外国とつくにに売る大樹公たいじゅこう家が執権羽林うりんめの横暴に立ち上がりしともがらである」


 静寂と風を切り裂く様に、低い男の声が闇に響く。


「驕る平氏は久しからず。驕る羽林も久しからず。

 世人よびと知らねどわれらが胸の、天照神あまてるかみの見そなす、あかき心の命ずるままに、

 尊皇攘夷の御旗の元、楠公・児島備後のこころざしを継ぎ、我ら当代の范蠡はんれいたらん」


 賊の中心に有って一等目立つ、天狗の面から覗かせる針の様な細いひとみにギラギラと、獰猛な光を映す男。


「勤皇の賊、御用だ!」


 繰り出される刺股。懐から何かを取り出す天狗の面の男。それが何であるかを悟ったわしが反応する前に、親分がわしの前へと割り込んだ。


 パーン! と京の夜に銃声が響き渡る。


「怪我はあらへんか? お嬢ちゃん」


 そう言う親分の腕から血が滴っている。

 わしを庇って撃たれたのだ。


「お嬢はんを狙うたんや。

 たぶんわしらの足を止めようとしたんやろうが、わざわざ子供を狙う根性好かへん。

 天子様がどうのこうのんは関係あらへん。こいつは根っからの悪党や。


 おい。そこの卑怯者。これだけわしを怒らせた奴も珍しいもんや。

 もうなんも容赦は要らへん。みな殺してまえ!」


 親分の声にいきり立つ子分達。


「弾込めの暇なんてあたえるかいな」


 発射してしまった短筒など屁でも無いと踊り掛ろうとする若い衆。


「待って!」


 わしは生きの良い若い衆が、伏せた状態から跳ね起きて飛び掛かろうとする脚を掬うと同時に、

 パーン! 二発目の銃声が響き、頭の上をすシュンと言う音が通過する。


「みな気ぃ付けぇ! メリケン渡りの蓮根れんこん銃や。

 やったら弾は後四つ込められてるで」


 武器の正体に気が付いた親分の声に、子分達は慌てて大八車を盾に身を屈める。


 それを好機と賊が、


「「「キェェェェェ!」」」


 奇声を上げ、白刃を掲げて一塊に吶喊とっかんして来た。



 彼らのその独特の刀の位置。それを見取ったわしが叫ぶ。


「横へ跳べ!」


 さっきの事もある。真正面から賊を迎え撃とうとした捕り手が、わしの声に跳んで躱す。

 身体に遅れて留まった刺股がストンと切り落とされた。


「うそやろ。あれ、赤樫の柄……」


 しかも巻いてあるかねごと切り裂いていた。


 突っ込んで来た男達は、一瞬たりとも足を止める事も無く、凍り付いた捕り手達の間を楽々と抜けて行く。

 今は逃げる事を最優先したのだろう。幸いにして斬られた者は一人も居なかった。



「お、追うんや!」


 親分の声に正気に戻った子分達が、


「御用! 御用!」


 と呼ばわりながら追い掛けて行った。

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