鳥目二百文
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「わしの答えの内に?」
「はい」
くすりとわしが笑うと、ポクポクと木魚を十ばかり打つ程の沈黙の後に、
「なるほど。確かに答えの内じゃのぉ」
退助殿は見落としに気が着いた。
「城を囲んだら、敵は後詰するのが常道や。
はてさて、そっちにはまだ
うーん。どう
わしは悪戯っぽく、
「戦巧者ならば、簡単に勝てるかもしれませぬよ。
と勧めて見たが、
「登茂恵殿。勘弁しとーせ。勝った所でお
そがぁに(そんなに)してまで戦っても、元は女を手籠めにしようとしたこちらに非があるのやき、勝っても天下の物笑いは避けられんのじゃ。
おーの、まっこと算盤にあわん」
退助殿は、嗚呼本当に算盤に合わない。と如何にも嫌そうに顔を顰めた。
さて、土州ご政庁としては戦う訳には行かない。わしも必要の無い戦いをする気は毛頭無い。
そうなると後は手打ちの条件次第と言う事に為る。
「女への欲望に素直過ぎる不心得者への何らかの処罰。但し、切腹や
先ずは、純然たる被害者で、自ら譲っても面目を失わない御親兵側が退いて見せる。
「それは助かるが、宜しいのやか?」
退く真意を探ろうとする退助殿。
和やかに進めてはいるが、これは言葉の
「ええ。何者かに煽られて起った、刃傷沙汰郷士への
わしは納得する理由を掲げて様子を見る。合点したのか退助殿は、
「確かになぁ。武士は喧嘩両成敗やき、片方だけを軽う済ます訳には行かんものや。
片や切腹、片やまるっきりお咎め無しでは、忠臣蔵の二の舞やきね」
どの程度で皆が納得するのか、算盤を弾き始めた。
「どうやろう。べこのかぁ共は廃嫡で、郷士の方は土州におっても先が無いき、いっそ土州を追放では?」
わしの眼を見て聞いて来る退助殿。
「私に彼を引き取れと仰せにございますか。確かに、今は人手が欲しい時期にございまするが。
事実上の無罪放免では、上士から不満の声が上がりませぬか?」
「やったらどうするか?」
「恐らく原因は、世間を知らぬ井の中の蛙故の
ならば見聞を広め、今の性根が叩き直される事を期待して、上士
「廻国修行」
一拍間を置いての
「はい。ご政庁からの遊学のお許しであるとすれば、咎人と家族の面目も立ちまする。その上で、
すると、わしの意を理解した退助殿は、
「鳥目二百文……。ご府中やったら、島流しの罪人の
と吐き出した。
「はい。あくまでも遊学の態を取り、上士の面目を立てた上で、五年経つまで帰って来るなと放り出すのでございます」
「うーん。登茂恵殿は手厳しいのう。わしやったら、いっそ切腹させてくれと懇願しちゅう話やな」
流石退助殿。直ぐに真の懲らしめを見抜く。
「心掛けさえ宜しければ、お命も面目も失われませんよ。
それに五年の間に、さぞや手裏剣のご修行が
野鳥を獲って食べるために、否応なしに手裏剣の腕前が上がるだろう。
そう揶揄して、わしはにっこりと口の端を吊り上げた。
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