鳥目二百文

鳥目ちょうもく二百文


「わしの答えの内に?」

「はい」

 くすりとわしが笑うと、ポクポクと木魚を十ばかり打つ程の沈黙の後に、

「なるほど。確かに答えの内じゃのぉ」

 退助殿は見落としに気が着いた。

「城を囲んだら、敵は後詰するのが常道や。井口いぐち村の寺と江ノ口川のなわてにも兵がおったな。

 はてさて、そっちにはまだ大砲おおづつもおる。後詰で挟み撃ちにされるのも高知のご城下やお城を脅かされるのも、困る。


 うーん。どう算盤そろばん弾いてみても、損害に見合うたものが取れん。ここは調略……は無理じゃき、和睦の工作になるろうな。お城や土州の武士を可惜あたら鉄砲・大砲おおづつの弾に散らす訳には行かんよ」

 わしは悪戯っぽく、

「戦巧者ならば、簡単に勝てるかもしれませぬよ。土州としゅうの兵は強いと伺います故」

 と勧めて見たが、

「登茂恵殿。勘弁しとーせ。勝った所でおまん御親兵ごしんぺいは上様の直臣じゃき、そっから仕切り直して天下相手の大戦おおいくさにゃあ。

 そがぁに(そんなに)してまで戦っても、元は女を手籠めにしようとしたこちらに非があるのやき、勝っても天下の物笑いは避けられんのじゃ。

 おーの、まっこと算盤にあわん」

 退助殿は、嗚呼本当に算盤に合わない。と如何にも嫌そうに顔を顰めた。



 さて、土州ご政庁としては戦う訳には行かない。わしも必要の無い戦いをする気は毛頭無い。

 そうなると後は手打ちの条件次第と言う事に為る。


「女への欲望に素直過ぎる不心得者への何らかの処罰。但し、切腹や奉公構ほうこうかまいのような重い処罰は困ります。ご政庁として彼らを罰した。と言う体裁にして頂ければ結構でございます」

 先ずは、純然たる被害者で、自ら譲っても面目を失わない御親兵側が退いて見せる。

「それは助かるが、宜しいのやか?」

 退く真意を探ろうとする退助殿。


 和やかに進めてはいるが、これは言葉のいくさなのだ。退いた所に考え無しに押し寄せれば、誘い込まれて痛い目を見るのは弓矢のいくさと変わらない。


「ええ。何者かに煽られて起った、刃傷沙汰郷士への寛典かんてん(寛大な措置)を望む為、重くすると不都合がございますれば」

 わしは納得する理由を掲げて様子を見る。合点したのか退助殿は、

「確かになぁ。武士は喧嘩両成敗やき、片方だけを軽う済ます訳には行かんものや。

 片や切腹、片やまるっきりお咎め無しでは、忠臣蔵の二の舞やきね」

 どの程度で皆が納得するのか、算盤を弾き始めた。


「どうやろう。べこのかぁ共は廃嫡で、郷士の方は土州におっても先が無いき、いっそ土州を追放では?」

 わしの眼を見て聞いて来る退助殿。


「私に彼を引き取れと仰せにございますか。確かに、今は人手が欲しい時期にございまするが。

 事実上の無罪放免では、上士から不満の声が上がりませぬか?」

「やったらどうするか?」


「恐らく原因は、世間を知らぬ井の中の蛙故の増上慢ぞうじょうまんと見ました。

 ならば見聞を広め、今の性根が叩き直される事を期待して、上士咎人とがにんには、数年の廻国かいこく修行をお命じになれば良いかと愚考致しまする」

「廻国修行」

 一拍間を置いての鸚鵡オウム返し。


「はい。ご政庁からの遊学のお許しであるとすれば、咎人と家族の面目も立ちまする。その上で、鳥目ちょうもくの二百文も遣わして放り出せば、郷士も何も言って来ることはありますまい」

 すると、わしの意を理解した退助殿は、

「鳥目二百文……。ご府中やったら、島流しの罪人のはなむけじゃないか」

 と吐き出した。


「はい。あくまでも遊学の態を取り、上士の面目を立てた上で、五年経つまで帰って来るなと放り出すのでございます」

「うーん。登茂恵殿は手厳しいのう。わしやったら、いっそ切腹させてくれと懇願しちゅう話やな」

 流石退助殿。直ぐに真の懲らしめを見抜く。


「心掛けさえ宜しければ、お命も面目も失われませんよ。

 それに五年の間に、さぞや手裏剣のご修行がはかどることでありましょう」

 野鳥を獲って食べるために、否応なしに手裏剣の腕前が上がるだろう。

 そう揶揄して、わしはにっこりと口の端を吊り上げた。

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