揺さぶりの唄

●揺さぶりの唄


 武市瑞山たけちずいざん殿が、池田家より能面のような顔をして去った後。家を囲む上士達と郷士の集う池田家の間に、わしは陣を築かせた。

 基本は堀と土塁の極めて簡易な野戦陣地だ。リアカーを砲車とした仁吉にきち砲も池田家を背に据えられている。


 決して中立とは言い難く、どう見てもわしらは郷士寄り。なにせ作業に当たり、鎧兜と刀槍で池田家を囲む上士達に向けて銃先つつさきを向け、上士からの攻撃に備えた野戦陣地を築いているのだからな。

 なぜかと問わば答えよう。当たり前だ。郷士の忠次郎殿が御親兵ごしんぺい隊士が手籠めに為り掛けた所を護ったせいで、上士共が押し掛けて来たのだからな。



 十分な迎撃態勢が整った時。わしは以前創らせた和製ギターを爪弾きながら、よさこい節の替え歌を大きな声で歌い始めた。

 そして一齣ひとくさり歌う毎に、御親兵ごしんぺい達に同じ歌詞をなぞらせる。

――――

♪女 襲った その償いは  かねを 取らずに 首を獲る

 よさこい よさこい♪


♪無理が 通れば 道理が 引っ込む  お鉄砲てっぽ 火を噴きゃ 無理が退く

 よさこい よさこい♪


♪土佐の 郷士に 詰め腹 切らせば  お城の 殿様 晒し首

 よさこい よさこい♪


天津あまつ 甕星みかぼし 味方に 付けて  丸ごと 天守を 燃やしちゃる

 よさこい よさこい♪


♪郷士 郷士と 軽蔑 するがは  能無き 男の 恨み節

 よさこい よさこい♪

――――

 物騒な替え歌を歌えば上士達は、不平を口にしながらも最初の位置からさらに後退して距離を取った。

 こんなあからさまな事をされて、わし達が何をしにやって来たのか判らぬ者も居ないだろう。



登茂恵ともえ。言われた通り、今の歌を色街の前を鉄砲担いで、行進しながら歌いまくらせているけれど。これで効くのかい?」

 合流したばかりの奈津なつ殿が聞いた。


「はい。予定通りでございます」

 替え歌は、必要とあらば御親兵が事を構えるのを躊躇ためらわぬ事をひろめる為のものである。責めを郷士に押し付けぬ為に、これ以上事を荒立てたくはない土州ご政庁のお偉いさんを揺さぶる為の宣伝戦だ。


 制服で統一された兵士つわもの達の、一糸乱れぬグースステップは見る者に美しさと精強さを印象付ける。それが人通りの多い色街の前で、不穏当なよさこい節の替え歌を歌いながら練り歩くのだ。

 人々の注目を集めぬ筈は無かろう。


 そんな彼女らを妨げるものがあるだろうか? 先ず無いと見ている。

 懐剣くらいしか所持しない私服の外出とは訳が違うのだ。戦準備を整えて剣付鉄砲を担って居る者相手に、手を出して来るお馬鹿さんもおるまい。集団にして一つの生き物の如き集団行動は、見る者におそれを抱かせるものなのだ。


 まあ、わしから見て儀仗兵には程遠い有様であるが。あれの基準は、横に九人並んで行進し真横から見て一人に見えなければならないほど厳しいからな。


 しかしこの時代の八島では、そもそも列を組んで行進する事など先ず無い。大名がご府中へ向かう参勤さんきんと、国許へ帰る交替こうたいいても、わしの眼にはお粗末笑止な代物に過ぎぬ。

 別して毛槍を振る髭奴などを除けば、まちまちの服で歩調を合わす事も無く銘々めいめいが勝手に歩いているのが現状だ。


 だからこそ。

 授業に教練きょうれんがあった時代は言うまでも無く。高度経済成長時代、現代っ子と呼ばれ我儘で身勝手と揶揄やゆされた孫達の世代でも。ゆとり世代と呼ばれ道理が通じぬとくたされまくった曽孫達の世代でも。

 尋常科一年時点で問題無く成し得る程度の集団行動で、驚かれるのである。



 鎧兜の上士達と、鉄砲・大砲と野戦陣地の御親兵。どちらも手を出さぬ睨み合いは日が傾いても続いていた。

 日が沈み、真闇が迫って来る時刻になって、

「通せ! わしは軍使じゃ!」

 上士の囲みを通り抜け、姿を現したのは退助たいすけ殿であった。


 ここで退助たいすけ殿が、遣って来たのは勿論既知の仲であったこともある。だかしかし、それ以上に彼の温厚な性格も大きい。


 彼のような、欲少なく相手の立場に成って物事を考えられることは、下手をすると侮りを受け易い事にも繋がってしまうのであるが。彼の場合、相当に詰み得たる学識に裏打ちされた、得難き作戦家としてのき資質であるとわしは見た。


「これは恐ろしいものや。我攻めしたら、どんだけむくろの山を築くことやろうか」

「判りますか?」

登茂恵ともえ殿。一見簡単に乗り越えるように見えて、ほり深うるい高し。しかも取り付いたら、横矢の掛け放題じゃないか」

「退助殿ならどう攻めまするか?」

「攻めん。これは小なりともいえどもお城やないか。城とみれば答えは簡単。囲みて糧道を断つる」

 わしの問いに退助殿は答えた。城であるから無理に攻めず、包囲して兵糧攻めにすると。


「良きお答えにございます。されど、百中の三十と言った所にございましょうか?」

「これはまた、厳しいのぉ。何が足らんのか?」

「答えは、退助殿のお答えの内にございます」

「わしの答えの内に?」

 落し所を探りに来た退助殿は、黙って思案を巡らせた。

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