男女の軍

男女なんにょの軍


 新撰組の屯所とんしょ壬生寺みぶでらに在る。

 わしはその本堂に、試衛しえい派と水府すいふ派の主だった者を集めた。



「で登茂恵ともえっち。オロシャの兵が絹の利権を得る為に、天子てんし様を脅しに遣って来るってえ話なんだな。しかしよぉ。何でまた、そんなことになってんだ?」

 わしの説明の後、真っ先に口を開いたのはトシ殿である。

「はい。恐らくはオロシャの商人あきんどが、ご府中で作られ始めた巨勢こせむらさきと、紫衣しえの勅許を取り違えたのでございましょう。

 ただ無理からぬことやも知れませぬ。ここ京師けいしでは、八島で最上の物が作られております故」


世話役せわやぐ殿。オロシャの兵は、騎馬や火砲ほづづも備えでいるど言ったが、わしらには火砲は疎が鉄砲も無え」

 芹沢殿が、それでどう闘うのか? と聞いて来た。それに島崎殿が反発し、

「二本の刀があるではないか。斬り合いに持ち込めば夷狄には負けぬ」

 と胸を叩くと芹沢殿は、

「どごでただがう。京の外では、ろぐに拠っぺぎ地物ちぶづは無えぞ。

 まさが、京のながでやらがす積りじゃねえべな」

 と睨みつける。すると島崎殿は腰の刀を左手で握り、

「我らは、天子様をお護りする為にここに居る。故に、天子様の御前おんまえにて討ち死にすべきである」

 と睨み返す。


 水府の学問では、大樹公たいじゅこう様よりも天子てんし様を重んじるが故の、芹沢殿の論。

 対して、島崎しまざき殿は、馬前にて討ち死にするのが士道しどうであると言う意識が強いらしく、御所ごしょ御門ごもんに待ち構えてオロシャの兵と戦う、とも取れる言葉を返した。


「お二方! オロシャの兵は迫って居りまするぞ!」

 わしは身体を二人の間に差し込んで、押し分けて言った。

「危急に際し、争って居る暇はございませぬ」

 そして島崎殿に投げ掛ける。

「確かに、洛中らくちゅう戦場いくさばと致さば、火砲も鉄砲も従来の威力を発揮出来ませぬ。

 されどそのようなことをすれば、夷狄には町人も町人も区別付かぬ為、オロシャの兵の標的に為ってしまうことでございましょう」

 苦言を呈して芹沢殿の危惧を代弁する。


「かつて、京の都を戦場とした者が天子様のお褒めにあずかったことはございませぬ。

 もしも勅勘ちょくかんを受け朝敵の汚名をこうむることがありましたら、おんみは会津中将様や大樹公様に申し訳が立ちますまい」

 わしの言に、座はキンと響くが如く張り詰める。しかし直ちにそれを破ったのはトシ殿であった。


「登茂恵っち。おめえがそこまで言う以上、腹案があるんだろ?」

「勿論にございます」

 凛とわしは請け合って、大まかな作戦を皆に示し始めた。



「昔は女も太刀きて、弓矢をりました。

 論より証拠。日本書紀を紐解くと、神武東征にいておのこの軍と書く男軍おいくさおみなの軍と書く女軍めいくさの記述がございます」

 わしは目の前に開いた史書の権威を借りて作戦を説く。


 もっとも女軍と男軍と言う物は、女で構成された軍と男で構成された軍では無く、囮と成って敵を引き付ける陽動部隊と、敵を粉砕する為の主力部隊を指して言ったものではある。

 しかしここに国学の専門家は居ない。素直に女の軍と言う言葉通りに解釈してくれることであろう。



「その時の作戦を紐解かば、先ず女軍が楯並たてなめて、い行き見守まもらい敵と戦ました。

 我を侮らせ、敵の我攻かぜめを引き出し、敵の耳目を火吹き竹を覗くが如き様にして、機を見て男軍が側背より敵に雪崩れ込んで勝ちを得たのでございます。


 遠く離れて鉄砲を撃つは、何も立派な武士で無くても務まりまする。女子供でも、良き働きを為さしめる事は容易うございます。

 しかし、鉄砲だけでは守れても攻め切る事は難しゅうございます。崩れて逃げ掛かる寸前の敵に肉薄し、これを討つのは、女子供には荷が勝ち過ぎまする。

 最後の決は、やはり男の中の男の仕事。島崎殿や芹沢殿、あるいはトシ殿や沖田殿が如き、一騎当千の武士もののふにお任せ致すのが上分別でございましょう」


「成程。確がに道理だ」

「手柄を譲って頂く形になり申すが、登茂恵様はそれで宜しいのか」

 賛意を示す芹沢殿と、こちらを気遣う島崎殿。

 ここでわしは、

須貝すがい殿の不首尾は、怯懦きょうだが故にありませぬ。故に、いさおってしくじりをすすぐ機会を与えて下さいませ」

 そう、芹沢殿の方に向かってささやいた。

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入院の一時帰宅に付き、予約公開いたします。

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