架橋と橋の争奪と

●架橋と橋の争奪と


 江ノ口川。わしは向こう岸の堤まで、十八けん半(三十四メートル弱)と言う広い川幅の場所を、敢えて今回の渡河地点に選んだ。

 途中で合流した、演習の観戦武官である後藤殿が、

「こがな所に仮橋を通す言うのか?」

 と訝しむ中。自転車用の手押しポンプのような物を盛んに動かし空気を送る御親兵ごしんぺい工兵隊。

 ポンプに接続した薄い銅製の筒に今、圧搾空気を送り込んでいるのだ。


「発射!」

 プシュー! 勢い良く水を噴き出して銅製の筒は飛ぶ。所謂ペットボトルを銅筒に替えた物である。

 銅筒ロケットは軽々と二十五間(四十五メートル強)も向こうへ飛び、ロープと錨を向こう岸の堤の先へと運んで行った。

 渡した錨とロープの数が十本を数えた頃。身の軽い者が何本かのロープを伝って向こう岸へと渡る。


「なんと。こがな小さな音では、夜やられたら気づけんぞ」

 後藤殿は目を丸くする。


 そしてものの四半刻しはんとき(三十分)もしないうちに、通したロープを利用して仮橋をけ終わった。

 ロープの橋は、重量的に馬や仁吉にきち砲は無理だが、十二貫(四十五キロ)の幸筒さちづつやその砲弾。完全武装の兵を渡せるだけの強度を持つ。


「如何にございますか?」

「ここは川幅が広うなっちゅー所や。ここにこげに容易たやすう橋が作れるのやったら、どっからでも入ってこれる言う事じゃのぉ。しかも小なりといえど火砲ほづつまで……」

 後藤殿の声は裏返る。

 この事実だけでも、高知の街の防衛計画を根本から創り直さねばならぬ一大事であった。



 架橋を始めた同時刻。山田橋攻略隊の指揮を執るあきは、

「山田橋を確保せよ!」

 の命を下した。

 隊の任務は山田橋を確保し、ひとやへの通路と戦略高地である神社への通路を押える事である。


 だが、長い橋の終わり近くになって、前衛が止まる。次の瞬間。

 パパパっ。物影から矢が放たれる。何人かが矢を浴びたものの、後ろの何名かが戻って来て、

「板を抜かれています!」

 と報告した。


「五人討ち死に、一人重症」

 流れが止まると、演習用の被弾判定の、作り物の血糊の位置を見ながら、演習の審判が首に札を掛けて行く。



 状況把握に努める信。

 こうしている間にも、物陰から放り投げられる俵が積み上げられる。土の俵や小石の俵。雑だが忽ち守備側の掩体が作られて行く。小山と成った俵が次第に陣と変わって行く。裏側から整えられ、鉄砲の弾も食い止める強固な塁壁へ。

 しかし、実戦想定である以上。拙速はいたずらに損害を増やすばかりだ。


「報告! 橋の板が抜かれた上で、途切れた橋の間に幅一尺(三十センチ)長さ十四、五尺(四メートル半)の板が架けられており、板に結わえられた綱が二本が向こう岸へと続いていました。報告終わり!」

「十四、五尺は飛べません。幅一尺。一人が渡れるぎりぎりの幅ですね」

 板を渡るしか方法が無く、渡れば確実に狙い撃ち。仮令たとえ無事に渡り切り、敵塁に雪崩れ込んだとしても、囲まれて討たれるのが落ちであろう。


「そう簡単には通しませんよ」

 橋を守るあちらの指揮官乾退助いぬいたいすけの声。

「退助殿の策ですか」

 板を外して橋を途切れさせ。人一人しか通れぬ通路を拵える。単純だが、遣られるとなかなか荷厄介な策だ。

 しかも、多分板に結わえられている綱は、いざと言う時板を引き込んで橋を遮断する為であろう。

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