君子豹変
●君子豹変
「ひぇ~!」
突然の事にあわあわする八重殿。
しかし、一見ただ慌てふためいているように見えて、腰を浮かし備えているのがわしにも判る。
わしは素早く両の手に、いつもの革の手袋を嵌めた。
幾重にも兎の膠で貼り合わせた布は
つまり柔な今のわしの拳や掌底でも、鍛え抜いた武人の手の如く働いてくれると言う事だ。
無論骨が逝ってしまわぬ程度には、拳も鍛えてはあるがな。
それにこの態勢。窮地と見えてそうでもない。一度に掛れる数は精々三人ほどと見た。
「掛かれ!」
大樹公の号令と共に動き出す事態。
「えーい!」
横手より薙刀を振り下ろす女達の足元へ、立ち上がらずにわしはころんと転げた。
そしてその脚を刈る。
トーン! 派手に転んだ女の一人より、わしは得物を奪い取った。
「私も侍の子。
「ほう。ここは
薙刀を翳す女達の後ろで、自らも腰の物に手を掛ける大樹公様。
目は荒鷲の如く鋭く、声は山を抜く如く凛としている。そんな天下人を睨み付け、
「そう思われるのでございましたら、お試しに為れば宜しゅうございます。
私も当代の巴御前を志す身にございます。木太刀一本ありさえすれば、風呂場にても無碍に討たれると思し召しさるな。
まして私の手には薙刀がございます」
そうわしが大見得を切ると、大樹公様はすぅっと鼻から息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出し、
「そこまで!」
と呼ばわり、その一声に女達はさっと退いた。
「
「御意」
「なにゆえ判った?」
「はい。前方の如何にも恐ろしく見える者達は、盾にしている畳が邪魔でその場から動けませぬ。
そして私を賊とみれば彼女らは、あくまでも大樹公をお護りする為の配置にございます。
決して賊を討つ備えなどではなく、
「ふむ。それで横手より参ると診たのじゃな」
「御意」
「ではどうして躊躇わず飛び込んだ?」
問い掛ける大樹公様は髭の無い顎に手を当てて撫でる。
「はい。私にとってあの物々しい数が援けとなりました。
戦国の昔。何故薙刀が廃れたのかは、ご聡明なる上様におかれましてはご存知と思われます」
「なるほど」
「かほどに密集しておられては、薙刀を自在に振り回す事は敵いませぬ。ならば振り下ろす一手のみ。
ここまで判れば、如何に私が未熟者でも、打つ手はございます」
「猪口才な……」
わしを睨み付け怒りの彩を見せる大樹公は、
「まあ。そんな小娘を、
すぐさまあやされた幼子のように豹変する。
「お八重も、狼狽しておるようでちゃんと応対出来ておる。
御事らを試したのじゃ。許せ」
斯くして大樹公様は相好を崩した。
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