第九章 血は種子と成りて 

娘四天王

●娘四天王


 三人娘の内、あき殿は北斗七星の添星ミザルを認めるほど目が良く、また夜目も利く。

 射撃のセンスも素晴らしく、訓練初日から一町先の一文銭に当てたり、十町先の小玉スイカを狙える程。

 わしは前世に於いて、このような者にしか任せられない役目を知って居た。


 問題はその役目を善しとするか否か。


「信殿。いくさは正々堂々とすべきだと思われますか?」


 これが試験で有る事を悟ったのであろう。信殿の背がしゃんとした。


「正々堂々? 外国とつくにの兵は強大にして、機械の力は千万の兵をも凌駕致します。

 比して遅れた我が国が正々堂々に拘るのは、正しく宋襄そうじょうじん

 登茂恵ともえ様が創られた歌にもあるように、武士は勝つのが本にございます」


「では聞きます。物陰から大将や組頭を撃てますか?」


「勿論です」


「唯一人、鉄砲を手に物陰に身を隠して、追手を防ぐ殿しんがりを務められますか?」


「やります!」


「戦場以外で、行軍する敵を撃てますか?」


「はい」


 これらに否と言う者なら、そもそも志願はして来ないだろう。想定通りの模範解答だ。



「これが最後です。

 傷付いたともがらを助けようとする敵を、撃てますか?」


「……はい!」


 一瞬の躊躇いはあったものの、はっきりと口にした。



「まだ部下は付けれませんが、今より選抜猟兵りょうへいを申し付けます。

 位は小隊長。同心格でろくは三十俵二人扶持。小身なれどもれっきとした大樹公たいじゅこう家御家人の当主となります」


 元々、力量さえあれば直ぐにでも分隊、乃至ないし小隊を任せる積りだった。

 何せわしが直接掌握できるのは、最大でも中隊が関の山。手足の如く縦横無尽にさいを揮えるのは、二個小隊が限界なのでな。



 因みに今でも、軍次殿等小隊長には些少ながらろくが出ている。

 兵は衣食住の給与が有り大樹公たいじゅこう家家臣の立場があるものの、無足見習格つまり無給であったのに比して。小隊長に与えられる三十俵二人扶持は、小身なれども尺寸せきすんへいにはなることだろう。

 少なくとも、父や親戚の思惑による遊郭行きを跳ね除けられる程には。



「所で登茂恵殿」


「はい?」


「選抜猟兵とは何でしょうか」


 ああ。それか。


「鉄砲一丁を手に、敵の大将・物頭を狙うのに特化した部隊です。

 別名を狙撃兵そげきへいと申し、物影より敵を狙い撃ちにする兵で、張飛が長坂の戦いで成したように、一人いちにんを以って一軍を防ぐ兵士つわものにございます」


「そげき?」


 信殿は懐紙に矢立で『鼠撃兵』と記す。物影からこそこそと言うのがネズミを連想したらしい。


「いいえ。こうです」


 狙撃兵と横に記すと。ああと頷いた信殿は、ほっとしたように、


「狙い撃つですか」


 と漏らした。



 さて。他の二人。

 奈津殿は、元々騎乗の資格を持った者が少なかったため、実力で順当に騎兵隊長を任す事となり、弓を鉄砲に代えた部隊の育成に携わっている。

 ただ生殿はわしよりも幼い為に、未だ小隊長とはなっては居らぬ。しかし、


「着弾予測に於いてはわしと同格じゃ。砲術に関わる算術やったら、わしよりも優れちゅー」


 教えている筈の宣振まさのぶが手放しで褒めている。


「あれほど算術に秀でちょりゃ、物見から伝えられた諸元を使つこうて、大砲からは見えん敵に弾を見舞う事だって出来る」


くわしい砲があれば、山越えの敵を狙えますか?」


「勿論や。姫さんの言うように、揚げた風船ふうせんから物見をすりゃええ。

 弾ん届く限り、どこにでもてられることやろう」


「そうですが。急ぎ気球の手配もすべきでしょうね」



 馬術の名手・奈津なつ殿。算術に優れたふゆ殿。そして野心家のあき殿。

 結果から言えば、三人は拾い物であった。


 これに加えて、わしの身の回りの世話をしているお春も事務方として兵達に睨みを利かすように成って来た。

 お春自体は武芸の嗜みも砲術の素養も無いのだが、何れの世も予算の配分を行う者には逆らえん。

 誰が言いだしたのかは知らないが、お春・奈津殿・信殿・生殿の四人を指して、四鬼しきだの娘四天王だの言われ始めている。



 ともあれ。こうして少しずつ、御親兵の格好がついて来た矢先。


「姫様。今生のお願いにございます」


 国許からご府中までの供をしてくれた一人。春輔しゅんすけ殿が血相を変えて飛び込んで来た。

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