長今の秘宝3

長今チャングムの秘宝3


 世に出した化粧の品は、予定の三倍の高値で売り出されたが、一日にして売り切れた。

 在庫の三分の二を大奥が買い占め、残り三分の一の殆どを、ご府中屋敷に住まう大名家が買い占めてしまったからである。

 そして僅かに残った品を手に入れたのは、吉原の花魁おいらん達であった。


 美々しき花魁道中は連日の大盛況。

 遊女の事を傾城けいせいと言うが、これは男共が骨抜きにして一城いちじょう即ち一つの都市を傾けてしまうくらい美しい。と言う意味から来ている。

 それが今、現実のものとなった。花魁道中を垣間見た男共が熱に浮かれ、ご府中には「このままでは花魁道中の禁令が出るかも知れない」との噂が流れる始末。


 それが柳屋が売り出して即日売り切れになった長今チャングムの秘宝なる化粧けわいの品に依るものと聞いて、市井の女達はさぁ大変。禁令の出ていない内にどんなものか一目見ようと、花魁道中に押し掛けた。

 集まった女は花魁の信じられない美しさに息を飲み、化粧品の値を聞いて溜息を吐いた。



 半月後。柳屋の前に

野見宿禰のみのすくね様御夢告の安全白粉おしろい近日発売

 鉛白粉はふにより 安く 白く のりの良い 白粉あらわる』

 の札が立ち、鉦や太鼓の音が響く。


 因みに野見宿禰とは、江家こうけの遠祖にして当麻蹴速たぎまのけはやたおした者である。


――――

往時むかし埴輪はにわを 作られて

 世人よびと救いし 野見のみ様が

 浮世女うきよおんなの 訴えに ご存知お伊能いのの 夢に立つ

  廉くて白い 白粉おしろいぞ 白く害無き 白粉ぞ

  腰を抜けさせ 子を殺す 世にも因果な 白粉は

 ソソラ ソラソラ

 捨ててこ 捨ててこ ヨイヨイヨイ!

 捨ててこ 捨ててこ ごろにゃんにゃん!♪


♪広くひろめよ 土師はじわざ

 人を害さぬ 白粉は

 陶土とうど滑石かっせき 貝殻と 玉蜀黍トウノモロコシ 焼き明礬みょうばん

  廉くて白い 白粉ぞ 白く害無き 白粉ぞ

  腰を抜けさせ 子を殺す 世にも因果な 白粉は

 ソソラ ソラソラ

 捨ててこ 捨ててこ ヨイヨイヨイ!

 捨ててこ 捨ててこ ごろにゃんにゃん!♪

――――

 水府黄門漫遊記などで人気を博す役者達が、柳屋の安全白粉を付けた化粧をして、尻っぱしょりで半股引を見せ、向こう脛を突き出して踊り練り歩く。踊りの手は指を丸めた猫の手だ。


 ステテコ踊りと呼ばれるこの踊りは大人気になり、寄席や芝居小屋でも演じられた。



 そして……。


登茂恵ともえ様。なんでアタシは、こんなことをしているんでしょう」

「しゃあないどすえ。酒保しゅほはんは大奥に借りがあるんやさかいね」

 お春を巻き込んでお伊能殿は大忙し。


 大奥の瀧山たきやま様・飛鳥井あすかい様を始めとする方々。わしの義母上ははうえ他、大名の奥方の肌の色に合わせて専用の色調整を行い、他の者が化粧を担当しても同じ結果となる様にその配合記録を纏めて居るのだ。


 お春の申す借りとは、町方に大奥が掛けた圧力の事をう。

 画期的な化粧法を護る為、

『武士である水府浪士が、同志でも無い者に大事を漏らす筈が無い。

 お伊能殿を疑うは、自らがお役目の大事を漏らしているからに相違ない』

 と言うわしの主張が、そのまま大奥による町方へ処断要求の理屈となったからだ。


 大樹公様さえ無視出来ぬ大奥との喧嘩は、余りにも分が悪い。結果、捕縛や痛め吟味ぎんみに関わった者は、隠居を命じられたり奉公構ほうこうかまえの憂き目に遭う者が生まれた。

 お伊能殿に疑いを掛けるとお役目を失う破目に成る為、お伊能殿の安全が担保されたのである。


 これの顛末てんまつ上巳じょうしの変の芝居に組み込まれ、盛況をはくす。

 今やお伊能いの殿は、大樹公たいじゅこう様より士分に取り立てられ、源氏名の滝本たきもとを公式の姓として下賜された時の人。

 こうして酒保と言う呼び名はかたくお伊能殿の名と結び付けられた。


 そう。太閤は豊国大明神、黄門は水府義公。そして酒保は滝本伊能とばかりに。

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