赤い狐4

●赤い狐4


小煩こうるそうほたえ立てる。食い詰め浪人共!」

 宣振まさのぶの挑発に、

「おめはわしら愚弄するのが!」

 東国訛りの賊の返事。また天狗のやからかと、憐憫の憐みが湧いて出る。

 これだからイデオロギーに誑かされた連中は、始末に負えない。


 忽ち激しい斬り合いになったが、宣振の一振りに最初の一人が斃れると、三歩退いた賊共が、

「一気に掛がれ! 戦場では、一人に十人掛がりでも卑怯ではねえ」

 首謀者らしき者が声を上げると、残りが一斉に数を恃んで襲い掛かって来た。


 だが、宣振は強い。しかも斬り合いに備えて鎖を着込み、鎖手甲くさりてっこうも着けている。わしと同じく空の神兵の鉄兜だから、浅い斬撃や掠める刃は怖くない。

 対して賊は殆ど平服で、触れれば斬れる真剣の怖さ。言うなれば、伏射する散兵歩兵へ戦車を突っ込ませる程の威力がある。

 賊は宣振の軍服を、ほんの少しばかり切り刻んだ代償に、浅くない傷を負って行く。

 今の所、多対一なのに、一の我らが優勢な戦い。そんな所に、

「たーけな賊は、どこだ! 公使殿、ご無事かぁ~」

 襲撃者の後ろから、大樹公家からエゲレス領事館警護を任されている者達数人が現れた。



御親兵ごしんぺい差配・大江登茂恵おおえのともえとその配下。お手前らはたれか」

「ご重役主座・松平侍従じじゅう和泉守いずみのかみ家中にてそうろう

 誰何の声に応えたのは、わしに此度こたびの事を頼んだ和泉守のご家来衆だ。



 それにしてもご重役首座であったとは、今の今まで知らなかった。つまり、トップが責任を取る形に成ったのか。

 大正・昭和・平成と。わしは地位に恋々とする政治家ばかり見て来たから、和泉守様に敬意を抱かずにはおられない。わしはリクルート事件の時、ロッキード事件の映像を見せられた尋常科男子のように心が揺さぶられた。

「かっきー! 秘書のせいにしてない!」

 と、児玉誉士夫こだまよしお氏や田中角栄たなかかくえい閣下に喝采を叫んだ、前世の曽孫達の様に。



「宣振! 一度退きなさい」

「仕舞いかぁ。数を恃みに、ようよのかいで凌いじょった連中や。新手がきたら最早もはや詰みじゃ」

 やっとの思いで凌いでいた連中だと、宣振は余裕綽々しゃくしゃく

「わしゃ一旦退くけんど、われさん方は気を付けろ。手負いがけだもんたちが悪いきな」

 賊達が後ろに気を取られた隙を突いて。背をこちらに向けたまま、すいっとわしの許に舞い戻って来た。



 前には、わしと宣振の刃とお春が構える蓮根銃れんこんじゅう。後は和泉守ご家中が突きつける刃。

「くっ……。もはやこれまでか!」

 気が付けば前後からの挟み撃ちに遭って居る賊は、公使ら傷害も成らず遁れらもせずと悟り、

七生報国しちしょうほうこく! 神国万歳!」

 と口々に叫び、自刎して果てた。


 わしはいち早く声を上げ、

「お役目ご苦労様にございます。賊成敗は登茂恵のお役目にはございませぬ故、首級くびすを取りてお手柄と為さいませ」

 と手柄を譲る。


かたじけない」

 わしらに含む所が無い為、素直に感謝し脇差で死んだ賊の首を落とし始めた。


通詞つうじ殿」

 声を掛けて、

「皆様はご無事ですか?」

 と訪ねると、大きく頷いて案内してくれた。

 オールコック殿他の皆様は直ぐ近くの部屋に居られ、蓮根銃の撃鉄を起こしてテーブルを盾に迎撃態勢を敷いておられた。



「トモエ。無事だったか」

 通訳が介す言葉ももどかし気なオールコック殿。

「中まで入り込んだ賊は皆討ち取られました」

「被害は?」

「手傷を負ったのは、勇敢にも刀を相手に燭台と馬の鞭で防いでいた書記官殿お一人だけにございます。

 消毒し手当てを致せば、お命に別状はございませぬ。

 外で暴れている賊は、旗本を始めとした警護の者が防いで、既に残敵掃討にございます」


 それを聞いて漸く、オールコック殿達は拳銃の撃鉄を戻した。

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