忍び寄る魔の手3
●忍び寄る魔の手3
「拙者。彦根藩士・河西忠左衛門と申します。
過日は殿のご救援、
ご府中での暮らしが長いのか、お国
「姫さん」
入口近い隣の席に座っていた宣振が、折敷いた格好で河西殿に身構える。
「宣振。確かに見覚えがございます。あの日二刀を振るってお
言われても宣振は怠り無く、いつでもわしを守れる場所に位置取った。
「
難しい顔をした河西殿の視線がわしの額に注がれる。
「
「ほら上々。よかったですなぁ」
ほっとしたのか目尻が下がる。やはり女の顔の事だから、色々と気に病んでいたのであろうか?
わしに気を許している為であろうか? お国
ご府中は大樹公様のお膝元。地方よりも物価は高い。だからこちらの藩屋敷に詰める武士の多くは、なるべく費えを押える為に敢えて
お役目でなくとも、一旗揚げようと郷里を出て上って来る者や、高名な師を訪ねて遣って来る遊学の者。あるいは食い詰めて流れて来た者。その多くは男である。
だから、ご府中にはそうした独り身の男達の為の商売が多い。
独り身の男達の店と聞いて、
しかし、そればかりでは無い。
例えば、男所帯に何とやら。洗濯の時間が取れぬ者の為に洗濯して
例えば、飯さえ炊けぬ男の為に。手軽に腹を満たす寿司屋に蕎麦屋の屋台が有り、一人で楽しめるこのような小料理屋があるのだ。
薄い平底の鍋は火を良く通す。
ぐつぐつ煮える柳川鍋は、ごぼうと
煮えた頃を見計らって、贅沢にも落とす溶き卵。仕上げの香りと彩りに白髪ネギと三つ葉を置くと
「旨い! こら中々の逸品じゃ」
一箸付けて河西殿が声を上げた。
「そうでございましょう。ここの泥鰌は、十日程泥抜きをした後、洗い場の水に活けた物。
如何に洗い落とした飯粒とは申せ、米を
わしは指を揃えた右の手で洗い場を示す。店の者が目の粗い笊を張った樽にご飯茶碗を放り込んだ。
「漬け置き洗いして汚れを落とし、綺麗な水で濯いで布巾で拭いてから次の客に出します。
あの樽に店仕舞いしてから泥鰌を移しまする。今の生け簀はそちらの樽で、夕べに洗って干すそうな」
「なるほど。良う出来てますなぁ」
つい先程、店の者に聞いたばかりの話をすると、河西殿は感嘆の声を上げる。
「それにしても。
振り返る河西殿。
「水府では、老公の音頭で竹刀打込稽古中心の神道
トシ殿から仕入れた話を振ると河西殿は、縦皺を寄せる難しい表情で、
「水府は学問上の対立で
藩を挙げて一流を生み出すやら、聞いた事もおまへん」
と溢した。天下一の
「案ずることは無いと思います」
わしは彼に異論を唱えた。
「水府は今、巷で黄門様と喝采を浴びている二代様の興したなされた大事業の為、
しかも学問の諍いで大別して二派に分かれ争っておるのだとか。その二派の内も、さらに細かく分かたれて纏まりに欠けるとの話も聞こえます。内で争いが絶えなければ、どうして力を揮えるでございましょう?
水府は軍としては恐るに足らぬと断言致します」
「ふむ」
河西殿は唸った。
「しかし、困った問題がございます。纏まらぬ輿論の中、一部の者達が勝手を成す事こそ一大事。
藩侯与り知らぬところで、恐るべき武威を持った連中が私戦に及べばこれ
唯でさえ水府の責めを堪忍し、大樹公家の武威の
また水府とて、
水府は統制が出来て居ない。それで勝手に戦いを始めてしまったらどうしますか。
唯でさえ、水府に責任を取らせることを我慢して、被害者の彦根を押えなければならない異常事態になっているのに、この上またテロ行為が行なわれたら、示しが付かないのでお上も水府の責任を問わねばならなくなる。
そうなった時。水府も黙って滅びる筈が無いでしょう。
とわしは言った。
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