勤皇を破るは擒王なり

●勤皇を破るは擒王きんおうなり


 さて。

 軍次ぐんじの立場だが、主君が蟄居ちっきょを命じた上での出奔しゅっぽんである。恐らく奉公構ほうこうかまい、他家にも書状を回して召し抱えぬ様釘刺ししているに違い無い。

 だが、このわしの知った事か。あれほどの手練れをに置くのは惜しい。まして敵にくれてやるなどとんでもない。

 の者も、力を持て余しているのならば兵隊に加えたいものだ。


 本音を言おう。実は、兵の成り手が少なくて困っている。


 今の世も、騎兵は幾らでも成り手がある。乗馬が上級武士の特権だから。

 砲兵もまた、今の日本では英才の証であるし、この時代には勝ちを導く軍の骨幹に成っているから成り手はある。今は存在し無いが通信兵も衛生兵も同じである。


 それらから見ると数段落ちるが、軍の主兵である歩兵も取り敢えずなんとかする目途めどは立った。

 重要な割に兎角軽んじられることの多い輜重しちょう兵については、幹部の格式を高めた上で歩兵から精鋭部隊として抽出し護衛戦力に当て、当面は実務を軍属ぐんぞくで補う予定である。


 だが困ったことに工兵の成り手が見つからない。

 おまけにこいつは、砲兵同様に高い素養が必要で、かつ輜重兵のように軍属で補える分野でも無い。

 この事を、盆暗のお偉いさんには理解不能であるのがもどかしい。



 工兵の持つ一般印象は、工事工事に明け暮れる泥んこ苦行の毎日だ。

 明治の頃には鍬兵しゅうへいと呼ばれ、あれは武士もののふの仕事にあらずと、体面を重んじる士族からは嫌われていたそうだ。

 寧ろ、後の時代には「輜重しちょう輸卒ゆそつが兵隊ならば、ちょうやとんぼも鳥のうち」と揶揄やゆされた輜重兵の方が、腹が減ってはいくさが出来ぬ分、僅かだが重く見られていた位なのだ。


 しかし評価と対蹠的たいせきてきに、工兵はとても重要な兵科だ。

 陣地を造り橋を架け、敵の鉄道・要塞をこぼち、鉄条網を爆破して突撃路を開くのは、まさに彼らの働きなのである。


 例えば。工兵無くして要塞の攻略は有り得ない。ベトンすなわちコンクリートで固めた要塞に生身の歩兵を向かわせれば、いたずらかばねを積みて山を造り、その血で河を生み出す結末に終わる。

 ベトンの要塞を待たずとも、石とレンガで作られた稜堡要塞でさえも、工兵を以って坑道を掘り、下から爆破するのが定石である。

 いや稜堡要塞どころか江戸の始めに作られた城でさえ、歩兵だけでは攻略不能だ。それは、前世の史実・西南戦争で証明されている。



 しかしながら工兵は、昭和の御代になってもまことって泥臭い兵科であった。

 為に儒教の悪い影響で、この世界の日本人は工兵の重要な任務を理解していない。

 例えば、破軍はぐん神社に間借りした道場に集う若殿原わかとのばらの誰に聞いてみても、工兵など武士の為すことにあらず。と答えが返って来る。


 それでも、日本は皇祖こうそ天照大御神あまてらすおおみかみ様が田を作り機織りするお国柄である。加えて禅の労働を貴ぶ風もあって、これでもましな方なのだ。



「今、異人との戦があるその時は、上様の先手となる者を求めております。

 ご府中の旗本八万騎は、永き太平にその牙を失ってしまいました。

 彼らには日向守ひゅうがのかみ勝成かつなり様のような、命惜しまぬ上様の御先手おさきては務まりませぬ」


 ここで話を区切り藩主殿を見る。



登茂恵ともえ殿。

 上様の御親兵ごしんぺいにあのような不逞の者共を、と言う思いもあるにはあるが……」


 言い難そうに藩主殿口を開いた。しかし、要はわしの申し出を受ける方向で話をすると言う事だろう。

 皆まで言わせず。わしははっきりと口に出す。


「それでは。牢名主の軍次を除き、志願する者のみをお引き受け致します」


「彼の者を除き?」


 おや? と言う気色を匂わせて聞き返す藩主殿。どうやらわしが主導権を握れそうだ。

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