快男子

快男子かいだんじ


「おひかえなすって!」

 腰を落とし突き出した左手を広げ、わしに仁義を切り始めた親分殿の兄弟分。

 子分らしき、大小二人の男が左手の親指を握り込んで控えていた。


 でっかい方は仏像のような優しい顔。身の丈六尺(180センチ)を超え、屈まねば鴨居に頭をぶつけそうな大男。

 小さい方は険こそあるが眉秀でたる美丈夫で、身の丈は四尺八寸(145センチ)程と小柄であった。


「恐れ入ります。私はここの親分殿のお顔を立てて、そちら様の手打ちの儀に応じました者に過ぎませぬ。

 ご丁寧なご挨拶を頂いても、猫に小判の諺通りにございます」


「おっと。そうだったな。これは俺がわりぃわ。

 俺は清水湊しみずみなと長五郎ちょうごろう……」

「清水……長五郎……。あ! あの有名な清水次郎長しみずのじろちょう殿にございますか!」

 前世の事であるが、ラジオ浪曲で聞いた虎造とらぞうの語りは今も記憶に新しい。わしからすれば、彼こそヒーローその物だ。



 次郎長殿は嬉しさにはしゃぐわしに、暫くぽかんとしていたが、やがて気を取り直すと、

「確かにそう呼ばれちゃいるが、堅気のあんたがなぜ知ってなさる」

 と聞いて来た。その顔は先程より少しばかり綻んでいる所を見ると。満更悪い気はしていないらしい。


「こほん。こっちのでっきゃーのが、元は尾張の廻船問屋の世倅よせがれ(長男)で、通称・くま。今は政五郎って名乗ってる。

 で、こっちのちいせゃーのが石松いしまつだ」


 映画の石松は片目を眼帯で覆っているが。目の前にいる石松の目は二つとも光を映しており、大政は武家の出では無く商人の息子だった。


「それでは、石松殿があの森の石松にございますか?」

 嬉しそうに言うと、

「石松。女に名前を憶えられているなんて、おみゃーてゃーした果報者だな」

 と揶揄からかう次郎長殿。


「独眼竜との威名も聞き及びましたが」

 わしが次郎長伝の知識を口にすると、

「ん。ああ。そりゃ豚松のことだら。

 俺の子分で名前なみゃーに松が付き、片目が見えにゃーのは豚松だけだ」

 次郎長殿が教えてくれた。


「そうでしたか。松繋がりでお話が混ざっていたのですね」

「それでも名前なみゃーが知られとるとは思わにゃーっけ。驚いた」

「天下の次郎長一家を知らないのはもぐりにございます」

 機嫌良く、鼻高々になって行く次郎長一家。


「ああ。そして政五郎殿が大政殿なのでございますね」

 わしが憧れの目で見詰めると、

「大政?」

 首を傾げた次郎長殿は、

「確かに大男だで、熊よりそっちの方がいい塩梅あんびゃーだな。

 おい熊。今から大政に替えきゃーてみるか」

「大政……」

 言われて大政殿も、満更ではない顔をしている。


 あれ? 大政の呼び名が無かった? もしかして……。

「あのう。一家に政の字が着く方は他に……」

にゃーよ。子分にまさは熊だけだ」

 するとこの世界には小政が居ないことになる。やはり前世とは違う歴史なのだろうな。


 後で思えば、舞い上がってしまったわしは、色々仕出かしてしまったのかも知れない。


「それにしても。なんでぇ。登茂恵様も女子おなごと言うことかい。

 役者じゃねぇのが変わってるがよ」

 親分殿はケラケラと笑った。



「ほいで、今度の意趣げぇしだが……」

 一同が打ち解けた後。親分殿の一声で、話は襲撃者への対応に移った。

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