敵は誰ぞ

●敵は


 大江おおえとは長門・周防の国主であるおいえの氏で、わしの正式な名乗りである。

 こうして名乗りを上げたわしは、実家と大樹公の威を借りてここから敢えて横車を押す。


「これなる町人共は、仔細あって客人として招いた者。その宴の席を襲われました。

 賊が真剣で襲って来た所を、私は躾刀、軍次殿は無手で応じ、我らが士道の覚悟を示したまで。

 町方は手出し無用に願います」

 と、大樹公様直臣を盾に奉行所の介入を断った。わしが襲われた側であるからこそ、通用する言い分である。


 正確にはわしらが持て成される客ではあったが、ついえを負担したのはわしだ。御親兵が彼らを招いたとも言う事が出来る。また、そうでなくては公儀に言い訳出来ぬ。

 御親兵は今も新たなるつわものを求めているから、少々怪しい連中を招いても誤魔化しが効くのである。


 ともあれ。これにより本来は吟味を受けねばならぬ親分殿や辰吉たつきち殿は、私を護る為に賊と戦った体裁となった。だから彼らが脛に瑕持つやくざ者と判って居ても、この一件に於いては町方が手出しをする事が出来なくなったのである。



 実家と大樹公様の威を借りたわしの横紙破りに、渋々ながらも帰った奉行所の者達。

「さあて。如何致しましょうね」

 町方を追い払ったが、襲撃を無かった事として捨て置く訳には行かない。捨て置けばいては上様、大樹公様が侮られることに為るからだ。


「それはおらも同じだ。手打ちの場を台無しにされて、放っちゃおけねぇ」

 武士も、そしてやくざも。顔を潰されて黙っているはずなど無いのだから。



「親分殿。心当たりはございますか?」

 わしの問い掛けに親分殿は零す。

「ああ。お六の一つに見覚えあんよ」

 お六とは、六人の襲撃者の事では無く、南無阿弥陀仏の六文字の事。転じて死体の事を指す。


「遺恨でもございましたか?」

「まぁな。こいつらは川並の利権でおら達とぶつかってる甲斐のでぇ。

 だがなぁ。普通はこんな手打ちちゃけさす奴ぁ居ねぇだぁよ」


 普通はしない。親分殿が持て成すわしらも敵に回すからだ。


「いかに自分の親分の命令とは言え。分別が無いのですか?」

 御親兵ごしんぺいは公儀に連なる者。なのに遺恨も無く巻き添えにするのは愚か過ぎる。

 すると親分殿は、

「ああ。堅気のには判らんだろねぇ」

 そう言ってわしに説明してくれた。



 やくざ者に取って、親分の言葉は絶対である。


 後に関所破りで磔になった国定村の博徒・忠治が、裏切りの疑いを持った子分にはっきりとわかって居る裏切り者の首を取って証を立てろと命令した。そこですぐさま彼は裏切り者を討ちに行った。

 ここまでは当たり前の事だが、夜半そいつの家に忍び込んだ時、寝ていた子供を起こしてしまう。その鳴き声で裏切り者を逃がす恐れがあるからと、躊躇いも無く殺して静かにさせ、見事裏切り者の首級くびすを持って帰って来たと言う。



「親分の言葉をたがえねぇ為にゃ、どんなことでもやっちまうのがやくざ者だぁよ。

 だから、手前てめぇん言葉で子が何を遣らかすか、親ならぉく考えねぇといけねぇ。

 吐いた唾は飲めねぇからな」

 将門公や頼朝公の時代ならばいざ知らず、当世の武士は主家のお取り潰しを招いてまで、主命をそのまま為そうとはしない。

 下命を受けた時点で判るならば諫言し。後から判ったならば、一旦持ち帰って主に確認を取る。


 ご公儀に対し弓を引くのは余程の事。損得で考えればすべきではない。しかも何の遺恨も、どうしても譲れぬ武士の一分も無しに牙を剥くのは、乱心したとしか思えない。


 それを口にすると、

「その考え無しを遣っちまうんだよなぁ。おらも危うくそうなり掛けた」


 あき殿のお父上の借財が元で、軍次ぐんじ殿やわし、即ちご公儀に属する御親兵と衝突した。

 それを何とか互いの面目を失わぬ様、遺恨を水に流す手打ちの場を設けられたのは僥倖ぎょうこうと言えよう。


 そしてその手打ちの場に、甲州博徒の襲撃が掛けられたのだ。


 甲府博徒と言えば、先日顔を合わせた三人を思い出すが、

「これを捨て置いちまったら、もう一家は張れねぇよ。

 登茂恵ともえ様にゃわりぃが、八州廻りを避けて急ぎ旅を為すってる竹居たけいの親分の留守をいいことに、勝手三昧の祐天ゆうてんめにゃ絶対ぜってぇ落としめぇ着けさせちゃる」

 親分殿の言い様では、彼ら三人とは無関係どころか敵対しているらしい。


「て言う訳で兄弟きょうでぃ。助っ人を期待してぇ」

 親分殿は、宴の時、客人として第二の席を与えられていた四十路の男に声を掛けた。


「勿論だ兄弟きょうでゃー。まして奴ぁ江尻えじり義兄あにきに仇為す男だ。

 今こそ積る恨みをきゃーさせて貰わざぁ。なあ、おみゃーら」

 彼の発言に、あの跪坐していた二人の男が、

「「へい!」」

 と答えた。

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