第三章 井口村と破廉恥組

部隊到着1 先触れ

●部隊到着1 先触れ


「まっこと、女ばかりなんやなあ。メリケンの戎衣じゅういも良く似合う」

 乙女殿は感心する。


 坂本家門前に居並ぶ御親兵ごしんぺい隊士は先触れの騎兵が五人。

 その出で立ちは、上下とも茶色の生地で作られた筒袖詰襟の上着に改良版の長い伊賀袴。

 足回りがゆったりとした袴を巻き脚絆(ゲートル)で固めて居る為。平成の鳶職とびしょくを思い出して少し顔がにやけてしまった。

 草鞋の代わりに革の長靴ブーツ。戦時では無いので兵科色の黄色いマフラーを首に巻き、剣帯でサーベルを下げ、胴をキュライスで鎧うと言った結構伊達な姿であった。


「薩摩では男の子の事を兵児へこと呼びまする。斯様かように兵事は男子の専権事項でありました。

 しかし、機械の力が男女の膂力りょりょくの差を埋める今。三つ子でも熊退治を成す鉄砲がある今。

 国の護りを男だけに負わせる必要もございますまい」

「げに。そうじゃな」

「一度来てみますか? 宜しければ、予備隊士の志願も受け付けますよ」

 わしは乙女殿に水を向けた。



 呼び寄せた御親兵ごしんぺいの内、一番乗りを果たしたのは、予想通り奈津なつ殿ら騎兵の面々であった。

 騎兵と言っても増員されてやっと十数人。内、女性は五人である。

 こればかりは致し方ない。実戦ならば湯水のように砲弾を使う金食い虫は砲兵だし、規模が大きければそれだけで被服・糧秣・嗜好品を必要とする歩兵ではあるが、現在の規模で平時においては、馬匹を養う騎兵が最も金の掛かる兵科であるからだ。



「奈津殿。浪士隊はどうでした?」

 話を振ると。

「なんなのあれ?

 うちのご重役様方が『まだ五代様の時のお犬様の方がマシだっただろう』って言ってるよ。

 特に水府浪士の芹沢って奴らが酷いんだ。水府一刀流免許皆伝は伊達じゃなくて、剣の腕は凄いんだけどね」

 話し始めたら、一気に不満が噴き出した。

 途中で止めるのも憚られた為、吐き出し終えるまで待って居たら、あっと言う間に四半刻が過ぎ去ったのだ。



「ごめん。時間潰しちゃったよ。僕、結構溜まってたんだなぁ」

「構いませぬ。愚痴を聞くのも私の務めにございまする」

「そう言ってくれるとありがたいよ。あ、そうそう。本隊と一緒に良庵先生がこちらにいらっしゃる」

「え?」

「土州に牛痘を持って来るんでさ。本隊はその警護も兼ねる事に為ったんだ。登茂恵ともえに相談もあるんだってさ」

 良庵先生は、最近益々精力的にご活躍だ。


「それはそうと登茂恵。騎兵運用の考えは変わってないよね」

「はい。簡単に数を増やす訳には参りませぬ故、外国とつくにの軽騎兵の役割を中心に、様々なお役目を果たせるよう、火力増強を目指すことに変わりありませぬ。

 その為に、短槍や擲弾てきだん(手榴弾)。幸筒さちづつ(迫撃砲)や複製スペンサー銃も装備させたのでございます」


 それは昔、武士が辿った万能戦士への道に似ている。一つの兵科であれこれ熟さねばならないと、必然的にそうなってしまうのだ。

 そしてこの事が。更に御親兵ごしんぺいの編制において騎兵のコストを上げている。

 しかし、それを補ってなお余りあるのが、緊急展開を行えるはやさなのだ。実際。彼女達は本隊に先駆ける事二日は早く到着しているのだ。


 そして。奈津殿のここまでの任務なのだが。


「この鉄の大八車はいいねぇ」

 鉄の大八とは仁吉にきちら職人衆に依頼した折り畳み式リアカーのいである

 これの試験をお願いしていた。


「今の所。何一つ問題は無かったよ。

 何なのこの軽い大八は。取り回しが良いし、一人で軽く引けば大砲積んでも楽々動かせる。

 しかもさ。ここまで大急ぎで荷物を引っ張って来て、少しもガタついてないんだ」

 ゴムの大量入手が困難なので、木に鉄帯のタイヤと為ってしまった。しかしこうして無事に到着した所を見ると、鉄パイプのフレームとスポークで支えられる車輪。そしてベアリングについては、概ね上手く行ったようだ。


 因みに、比較的軽量だが馬匹で高速移動した場合の試験を騎兵隊の奈津殿に、重量物を運搬する試験を砲兵隊のふゆ殿に依頼していた。

 軽量化改良前の四斤砲が分解せずに無事運べれば、今回の試験は無事終了と為り、出た諸般の問題は報告書に上げられる。

 使い勝手が良いのならば、リアカーを基本に砲車を設計しても良いかも知れない。



「登茂恵殿」

 御親兵隊士の服に着替えて来た乙女殿が戻って来た。

「どうや。似合うちゅーか?」

「物凄くお似合いにございます」

 長身の乙女殿故、奈津殿の予備の服でも窮屈そうだが、空の神兵を模した鉄兜が実に映える。

「後は足元を巻き脚絆(ゲートル)で固めれば、完璧かと」

 私は乙女殿の前に屈んで、巻き脚絆を着けて遣る。


「ほう。流石お仁王におう様じゃ。格好ええのう」

 弟の龍馬殿が顔を覗かせる。

「今、湯を沸かしゆーき、旅の汚れを落とすとええよ」

 彼はこう言う気遣いの出来る男であった。



 いつの間にか辺りが煩い。

 この時坂本家の門前には、数多くの野次馬が集まっていた。

 馬に乗った見た事も無い女達が、馬に見た事も無い大八車を牽かせて遣って来た為である。

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