土州の天狗
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その白札郷士の家の主は怒っていた。
あれほど目を掛けた弟子が、帰って来たにも関わらず何時まで経っても顔を出さなかったからだ。
「
笠を外しながら、窮屈そうに鴨居を潜るのは身の丈六尺(百八十センチ)の大男。
「おう
「
なんでも遊学先で気に入られて仕官したんやとか。
先日、
「あのべこんかぁ……」
らしくも無い怒りを露わにする瑞山。
目を掛けて直に剣の指南まで施し、遊学にまで送り出してやった愛弟子。の筈であった。
それが自分に一言も無く、
近くに置いて育て、何れ取り立ててくれようと考えていた。それだけに彼の仕官は衝撃だったのだ。
「今一つ」
「ん?」
信吾の報告は続く。
「
信吾の笠に編み込んだ
――――
義挙不首尾。
御親兵畏るべし。義挙を阻みしは、全て年若き
――――
「これは、まっことか? あの有村殿が討たれたと」
「そのようや。
おまけに七以めは、この登茂恵の家来になったにかあらん」
登茂恵の家来になったに違いないと信吾は言った。
事実ならば、瑞山の大いなる企てに味噌を付けた者に随身したと言う事になる。
「何を遣うちゅーのや。あいたぁ(あいつ)!」
瑞山は吠えた。一声吼えると瑞山は、座禅を組んで静かに目を瞑る。
そう。気を落ち着けて居るのだ。吐く息吸う息整えて、黙って彫像のように動かない。
信吾はそんな瑞山に倣って、正座して膝に手を置き沈黙する。
かれこれ四半時は流れたであろうか。完全に己を御した瑞山は目を開く。
「拙いな。いやって(詰まって)しもた。羽林が生きちょるなら、大樹が天下が揺るぎ無い。
東洋一人除いた所で、土州は天子様の為に忠を尽くす事は出来んな」
「げに」
絞り出す様に信吾が応える。
「おうのー。ご老公もご老公や。何で東洋を重んじる。奴めは大樹の天下を重う見る奴やき、ご英慮が知れん」
ある種、主君すら見下す物言いだが瑞山本人は気付いているのかどうか。少なくともここには聞き咎める者は居なかった。
「動かんと為らんな。来年は
それも推古天皇九年より、一
やき、きっと世は動く。いや動かんと為らんのじゃ」
開け放たれた窓から望む白い雲。天狗と耶蘇の御使いの如き姿の二つの雲が、今近付いて交叉する。
「天でも相撲の始まりにゃあ」
「まっこと」
空を土俵に繰り広げられる相撲の様を睨みながら。まるで
「天に代わりて不義を討ち、悪人共を除くには。時に非情の手段を採る勇気も必要や。
信吾。お
瑞山は、傍らにいる愛弟子の名を指して問うた。
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