申ねて命ず

かさねてめい


 本陣である井口いのくち村の永福寺えいふくじ

 一同は額の縦皺を深くして情報収集に努めていた。

 流言を整理すると次のようになる。

――――

・郷士側

 女を手籠めにしようとした上士を止めようと土下座する忠次郎ちゅうじろう殿が斬られた。


・上士側

 素郷士すごうしれが上士に手向かった。

 郷士に襲われた上士達が行方知れずになった。今頃どこの土の下だか。

――――

 どこをどうしたらこうなるのか? 伝言ゲームは、事実とは似ても似つかぬ話へと変貌させた。

 入って来た話を総合すると。郷士には上士による無体な事件と伝わり、上士には郷士に因る上士傷害事件として伝わって、両者の偶発的な刃傷を発生させてしまったのだ。



「そして遂には、激高した忠次郎の身内が、怒りに任せて刃傷に及んだのやか」

 山田殿はがっくりと項垂うなだれて居る。

「そっちも幸い、一命は取り留めたみたいだけど。

 今、忠次郎殿の実兄・池田寅之進いけだとらのしん殿の家に集まり、えて上士に対抗する気勢を上げてたんだよ。それを上士達が取り囲んでる状況だよ」

 奈津なつ殿は、騎馬で乗り付けて確認したつい今しがたの話をする。


 元から火種が有ったのだろう。しかし、余りにも早過ぎる事態の展開に、わしは作為的なものを感じずには居られない。

 下手をすると上士と郷士が衝突し、土州としゅう内乱が勃発しかねない一髪触発いっぱつしょくはつの危機と為って居る。


「参りましょう。我ら御親兵ごしんぺいこそが、事件の当事者なのですから。間に入り込んで陣を敷き、両者の衝突を阻止いたします。

 奈津殿。土州ご政庁に伝令」

「はっ!」

土州としゅう騒乱を防ぐため、御親兵は直ちに出動。郷士と上士の間に入り、衝突を阻止せんとす」

「復唱! 土州騒乱を防ぐため、御親兵は直ちに出動。郷士と上士の間に入り、衝突を阻止せんとす」

「行け!」

「はっ!」

 馬に乗り駆けだす奈津殿。上官であるわしの命令は直ちに実行された。


 わしは、手傷を癒すために眠る忠次郎殿の介護と、強姦未遂かつ傷害現行犯に縄目の恥を与えぬ為に残す一部の兵を残して出動させる。


 タタタン タタタン タタタタタッ タタタン タタタン タタタタタッ

 行進の太鼓が打ち鳴らされた。太鼓に合わせ歩調を整え、歩兵二個小隊が池田の家へと進軍する。

 この他、なわての野戦陣地から砲兵の一部を抜き出して、仁吉にきち砲一門と弾十五発。幸筒十門と弾各三十発をリアカーに載せ歩兵隊に協同ちからする。

 因みに今回、騎兵は伝令を専らとして戦力には数えない事にした。


 このような火器の充実した部隊は、僅か二個小隊とは言え侮り難い。否、精々が刀槍と思われる郷士や上士相手には過剰な戦力と成ろう。しかし圧倒的な武力を持ち込まねば、血を見ずして衝突を止める事など出来ないのだ。



 ピィピピ ピピィピ ピッピッピッピッ  ピィピピ ピピィピピッ ピィーーー!

 呼子笛よびこぶえが辺りに響くと、訓練通りに|御親兵隊士達はツーマンセルで散開し銃先を家を囲む者達に向けた。


「何事っ……なんやわれはぁっ!」

 行き成り出現したわしらを見て、池田家を取り囲んでいる上士の一人が声を上げた。

 何せわしらは、外国人とつくにびとのような筒袖つつそで戎衣じゅういを着た鉄砲撃ちの集団だ。


 戸惑う彼らにわしは告げた。極めて上から目線の上位者として。

「我らは大樹公たいじゅこう御親兵ごしんぺい。土州騒乱を防ぐ為にまかり越した。

 彼の独眼竜正宗公が母・保春院ほしゅんいん様の故事に倣い、今より上士と郷士の間に乗り込む。

 く退け。邪魔立てすると言うのならば、実力で罷り通る。かさねてめいず。池田の家より一町外へ退け」


 辺りのざわつきは波紋のように広がった。

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