烈々の血

●烈々の血


大姉おおおねえ!」

 宣振まさのぶが立ち上がり、なおも制裁を加えようとする乙女おとめ殿の間に割って入った。

「すな! べこんかあをこたやかす」

 邪魔をするな。馬鹿者を懲らしめる。と睨む乙女おとめ殿を

仁王におう様。そろうど、怒らいじゃあち」

 そんなに怒らなくてもと気の抜けた声が止めた。


「いいか龍馬。男のすることで女に出来んものは何もないき。今に男女ともに同じ仕事をする時代が来る」

 怒りの迸る声だが、諭すように話す乙女殿。そんな彼女にニコニコしながら龍馬は言った。

「やったら、女の方が偉いのじゃのぉ。男には出来ん仕事があるんじゃき」

 揶揄からかう影など微塵みじんも無い。幼児がすごいすごいと感心するような物言いに、乙女殿の怒りが急速にしぼんで行く。


「どいて、そう思うたのやか」

 どうしてそう思たのかと聞かれて龍馬殿は、

「当たり前や。男に子供は産めん。

 天子様も大樹公様もお城のお殿様も、孔子様も孟子様も、素行そこう山鹿やまが先生も春台しゅんだい太宰だざい先生も、偉い手は皆、女が産んだのや。やき女は偉い」

 偉い人は皆、女が産んだ。だから女が偉いと言う龍馬殿の答えに、乙女殿はほっかりと笑みを浮かべた。

 そこへすかさず宣振がおべんちゃらを言う。

「おおそうじゃ。考えて見たら、一番偉い神様は天照様や。

 外国とつくには知らんが、八島やしまは昔から女が偉い」


 わしはふと、前世の子供の頃に聞いた惹句じゃっくを思い出し、気が付けば唇を出でていた。

「元始女性は太陽であった……」


「そうや!」

 不意にパーンと背を張られた。

「女は本来太陽なのや。今は男がお日さんで女は月けんど、昔は女がお日さんやったのや」

 犯人は乙女殿。今さっき、酔っ払いと罵りながら寅之進殿を吹っ飛ばした乙女殿であったが、こちらもかなりお酒を召していた。

 どうやらわしは、乙女殿に気に入られたらしい。



「登茂恵様。乙女様の言う通りになるとしてそれはいつになるか」

 聞いたのは忠次郎ちゅうじろう殿と言う声変わり前の少年。わし同様に酒宴の席でも酒を飲ませては貰えぬが、酒盗しゅとうと申す鰹の塩辛を肴では無く飯のさいとして楽しんでいる。

「お珍しい。忠次郎殿のお歳ならば、女には殊更威張り散らすものと聞き及んでおりますが」

 やはり年若い程、頭が柔かい。

「なんぼうたんでも、男が乙女様に手も無うあしらわれちゅーよ」

「まぁ……」

 わしは今更ながらに口を手で隠して笑う。

 まあ、さっきの人が飛んで行く場面を目の当たりにしては。全ての女はか弱いなどと口が裂けても言えぬだろうがな。


「姫さん。今更言うたちいかんちゃ」

 猫の毛皮を十枚ばかり被って見せたわしを、胡乱うろんな目で見る宣振まさのぶは、今更何を言っても駄目だよと呟いた。

 気付かぬふりをして、

「そう遠い将来さきの話ではございませぬ」

 と話を繋ぐ。

「これからは機械の世の中にございます。

 機械の力と比べれば、男と女の力の違いや大人と子供の違いなど五十歩百歩。

 牛は大きく鼠は小さいと申しても、これを山とくらぶればあって無きが如し些少の違い。


 例えば、当世の鉄砲は鎮西為朝公の放つ矢よりも強く、当たれば三つ子が熊を退治できまする。

 例えば、蒸気船は男達が漕ぐ百丁艪ひゃくちょうろの船よりも力強く、しかも疲れ知らずでかま石炭いわきを焚き続ければ三日でも四日でも船を動かし続けます。


 かつて織右府しょくうふ様が創られたという鉄張りの船は余りにも重過ぎて動きが鈍かったため、我が祖の水軍を阻む為の浮かべる城としてしか使えませんでした。この為、用が済んだら直ちに解体されたと聞き及びます。

 しかし機械の力、蒸気の偉力いりょくでこの船を漕がばどうでありましょう?

 矢玉・焙烙ほうろくを弾き返す鉄張り船の偉力を損なうことも無く。

 屋島やしまに向けて、嵐の海を追い手に帆掛けた義経公よりもはやく走り。潮も風も波もものかはと、大海原を駿馬の如く駆け抜ける恐るべき艨艟もうどう(敵中に突撃する軍艦)となるに違いありませぬ。


 話は変わりますが、水府すいふご老公様が作られた安神車あんじんしゃは結構な物で、鉄砲の弾を撥ね返す偉力を誇るそうにございます。

 ところが如何にも惜しい事に、牛で牽くのでは余りにも遅く戦の役に立ちませぬ。のろのろと牛の歩みで進んで行けば、鉄砲の弾は弾いても火砲に狙い撃ちされて仕舞いにございます。

 されどこれを機械の力で動かし、鉄砲の弾は疎か火砲ほづつの弾の破片くだけを撥ね返す程の鉄で堅く鎧えば、果たして如何程いかほどの働きを致す事でありましょうか?

 このような機械仕掛けの安神車を用いて戦う時、何も兵は男だけには限りますまい」


 そうだ。もしも内燃機関のように小型で強力な動力を得て発展して行けば、安神車は日本の戦車の源流となって行くかも知れないのだ。


茨木いばらぎど言えば納豆しか思い浮べん奴が多いけど、日本で初めで戦車創った県だぞ。安神車ど言ってな、水戸みど烈公れっこう様(徳川斉昭・公)が直々に設計なされだのだ。

 だがら自分は戦車兵に志願した。自分も水戸の烈々の血受げ継いでいるのだ」

 と誇らしげに、前世でモミジの表紙を携えて少年戦車兵に志願して来た者の顔を思い出す。


 その眉秀でたる面影が、目の前の忠次郎殿と重なった。

 彼も声変わり前で、このような幼顔であったな。と。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る