第七章 関八州は虎尾春氷

度し難き者

●度し難き者


「最近、親分さん達の威名を使い、大それた企てを試みようとする者が居ります」


 わしの一句に安五郎親分は、


「天狗と名乗る孺子こぞうの事か?」


 かなり苛立たされているのだろう。頬を引く付かせて吐き出した。



「天狗などと御大層な名乗りをしておりまするが。精々が悪戯小僧の小天狗に過ぎませぬ。

 大体、他人様が自分の望み通りに動いてくれるなどと後生楽ごしょうらくに考えるなど、三歳に満たぬ赤子の料簡。

 なんと言う大らかな子育てで有りましょう。彼の者達の親は、聖賢の書を読ませはしたものの、何一つ人の道を教えてはおりませぬ。


 恐らく彼の者達の親は、幼き頃から脇目も振らずに学びの高嶺を登らせたのでございましょう。


 否と言い、柱に縋って遁れよととすれば。無理矢理に引き剥がし、爪痕を柱に残す様が見えまする。

 熱鉄身を焼く夏の日に、痒みを覚え掻いてしまう事あらば、学問を軽んじていると打擲ちょうちゃくされ。 風刃身を切る冬の夜に、眠気を催しあくびを致す事あらば、はだえつんざく冷水を浴びせられ。

 天上に輝く学びの星を指差して、じて登れと只管ひたすらに叱咤しったしたのでございましょう。


 されど、斯様かような躾を為された者は、朋友ともと遊ぶことも無く、喧嘩を致して殴る事も殴られる事も、投げる事も投げ転がされることも無く育った故。人と付き合うすべ会得えとくせぬまま生い立ちし者が多うございます。


 学問をして自らを律する者も多けれど、有体に申せば世間知らず。

 その様な者に。権威は嘘をついていると、複雑な話を単純化して突き付ければ。

 学問は有れど単純な若者は、世に潜む巨悪を我は見抜いたと欣喜雀躍きんきじゃくやく

 これぞ学びにおいての阿片の毒。学問漬けで朋友ともと遊ぶことも無く世間知を磨く機会の無かったお子様は。間抜けにも、我こそ天に選ばれし者。我こそが世を救う者だと、容易たやす野狐禅やこぜんしまする。


 己を天の名代みょうだいと妄信し、溢れる善意で善を為そうと致すでありましょう。

 天に代わりて不義を討ち、奸賊をちゅうすと言いて。


 仮令たとえそれが人の道を外れし天魔の道であろうとも」


 昭和の大阪万博を前後して最高潮に盛り上がった学生運動は、この理屈でオルグされ、過激派に加わった者が多い。そうした彼らがどうなったか?

 そのおぞましき結果をわしは、テレビ桟敷でつぶさに見た。まことに真に、正義を為そうと言う者ほど度し難い者は無いのだと。

 総括と言う二文字と共に。



 わしの言葉に安五郎親分は、


「難儀なことだ。俺はほんなガキに付き纏われてたのか」


 と溜息を吐いた。



「彼らの様な者共に付き合っておれば、いずれ駒として使い潰されましょう」


 そしてわしは一首の歌を諳んじる。


「嫌へども 命のほどは 壱岐(生)の守 身の終わり(美濃・尾張)をぞ 今は賜わる」


「勝、亀。覚えて置くがいい。若様の言う事は多分本当だ」


 実はかなりの学がある安五郎親分は、聞いてすぐさま何の事か理解して盛んに頷いた。



「渡世人ならば、渡世の義理で大仕事(殺人)を成していることもございましょう。

 源頼朝に犬馬の労を捧げ大事が成しその後は、旧悪を以て土磔つちはりつけにされ一寸刻みに殺された長田忠致おさだ・ただむねためしをお忘れなきよう。

 またこれは、ご公儀の御用であっても同じ事。権持つ者の多くは、渡世人を都合の良い駒としてしか見ておらぬと、眉に唾を付けて備え置くことが肝要かと。万が一、おおやけにお手柄を認められたら儲けものと割り切ってお考え下さいませ」


 わしは注意をして置いた。前世の維新では、利用するだけ利用されて始末された渡世人が少なくなかったと聞いていたからだ。

 所謂、トカゲの尻尾切りや走狗煮られるの類である。


仮令たとえ殺されずとも、花押の記された感状すら反故にされる事もございますでしょう」


 合わせて、これも忠告をして置く。


「そうけ」


 声と同時に安五郎親分は、片膝を立て肩肌を脱ぎ。身を乗り出して、わしの脇差の間合いに半寸ばかり入り込んだ。

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