我が家臣
●我が家臣
夕刻。屋敷に報せがあった。
黒船は交渉の役人を相手にせず、かと言って出て行くでも無く。不気味に沖に居座っていると。
「姫様。学者の青木殿の話によれば、最新の大砲はあの場所から浜やお城に届くのだとか。
しかも弾が破裂して、沢山の
もう、あちゃは恐ろしゅうて恐ろしゅうてなりません」
装備しているのがアームストロング砲ならばその通りだ。
「お殿様は、万が一黒船と戦になりしその時は。姫様が屋敷を逃れ、出来る限り海から離れるようお望みでございます。
斯様な時に、男手が増えたのは重畳。
いざと言う時は、姫様をお護りして死んで下されよ」
言い難い事をあっさりと言うあちゃ。
「今更じゃ。とは言え、わしもむざむざ死ぬ気は無い。姫を護って生き延びることこそ最上じゃ。
命を捨てて護っても、それで護れるは
いやいやと、軽口を叩く
「では。避難の機は、
あるかどうか判らん避難だが、わしの命を預けるのだ。只の『ごんべい』では軽過ぎる。
だから同じ字を重々しい響きに読み替えた。
すると
「なんと!
拙者に
名前だけでも姫様に偉くして頂いたからには、名に相応しき働きをせねば」
と苦笑いをした。
前世もそうだが
長らく厄介の身であった彼も、相当な教養があると見える。
「あちゃも、伊勢物語を諳んじておると聞きますし。
わしは軽く振ってみた。
「ん。ああ。まぁ、武士の嗜みとしてそれなりにな」
やはり、こ奴も伏龍か。ここで口にしない以上、今は流しておくことにする。
陽は落ちて
部屋で寝よと言っても聞かんのは、彼の性分だろう。
理由を聞くと、
「いつ
姫さんから見たら、地べたを這う犬の如きわしかもしれんが。犬には犬の誇りがある」
と胸を張った。寧ろ彼は、犬と呼ばれるのを好ましく思う嫌いがあるようだ。
なのでわしは、彼を少し弄ってみる。
「なるほど犬ですか。確かに犬死にだの負け犬だの、犬と言う言葉は悪い意味で使われる事が多いですね」
「ああ。そうだなよ」
予想通り。彼はむすっとして返事を吐いた。なのでわしは、ここから
「しかしながら。海の彼方のエゲレス国では、犬は
また、鎌倉の世に
「ほぅ~。そうなのか」
自尊心をくすぐられる格好になった彼は、
「
と、心持ち声を弾ませる。そこで、
「今にあなたもそうなります」
と言ってやると、
「ふんっ。大きく出たのう」
「詰まりはだ。わしが
「恃みにしておりますよ。禄は僅かと
「姫さん。禄に不足はないんじゃが、治部少は縁起が悪い。破れて負けた男ではないか」
「それでも。たった十九万石の身代で十万の兵を集め、二百五十五万石と、一度は天下を二分した
「はぁ~。姫さんには敵わんのう。さすれば、わしは姫さんに過ぎたる者っちゅうことか」
照れて相好を崩すその様は、存外に可愛げがあるように思えた。
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