ほんまの勤皇
●ほんまの勤皇
白粉の匂いが部屋に満ちる。
見習いの
「ま。お
わしの中味も外見と同じならば、悪い気はしないお世辞を言うのは、見習いらしきわしより少し上くらいの子供を従えた、比較的年嵩の女だ。
「ああ。僕にとって、大事な大事な
この方に万が一の事があれば、僕は生きては居れんのであります」
真面目ぶって抜かし腐る。
まあ嘘は言っていない。姫のわしに万が一でもあった日には、お供の春風殿は切腹ものだからな。
しかしこれを彼一流の
少しむっと来たが。運ばれた大皿の名所の風景を模った盛り付けの見事さに気を取り直し、
「甘い鯛ですね。これは、絞めてから幾分も経っておりませんのでは?」
嬉しい不意打ち。冷凍保存の無い時代である。海に近いとは言え鮮度は良い。
「驚かれたでありますか。今朝運ばれた明石の鯛であります。
ここには大きな生簀がありましてな。そこで客に出す寸前まで生かしておくのであります。
得意顔の春風殿。
お忍びで出て来ている為、今宵は姫ではなく幸殿と呼ぶ。
しかし問題はその量だ。およそ二十人前、到底わし一人では食べきれぬ。
目肉を取った魚の身は素材だから流用も利く。されど一旦客に出した物は他の客に出せる筈も無い。
普通こう言うものは、呼んだ芸妓や
「払いは全て儀兵衛殿でございましたね」
悪い笑みを浮かべて春風殿の顔を見ると、慌てて目を逸らされた。
なるほど。他人の金で女に良い顔をしながらの大盤振る舞いは、さぞ気持ちが良いことだろう。
ならばとわしも利用する。
「ほんに
かほどの
そう振ってわしは、
「そこの見習い殿。宜しかったらお一ついかがにございますか?」
半玉の芸妓に話を振る。
「茶菓や料理の味を知り、目利きの稽古をするのも修行の内にございますよ。
居並ぶ名立たる
未熟者には欠くべからずのことと、
そう告げててみたが、姐さん達に異存はない。確かにこれはご馳走なれど、彼女達には常の事だからだ。
何となく、このお座敷で客の料理を口にするのは未熟者の印。と言う空気に成った。
当てが外れた
ならばと直ぐに巻き返しを図る。
なるほど。演奏も巧みならば声も良い。
三味線を弾き謡う姿に、わしを除く女性達の耳目は奪われる。
「幸殿。幸殿も一曲如何でありますか?」
興が乗ったのか。酒を召して赤ら顔の春風殿が、先程の仕返しか絡むようにわしに振って来た。
「貸しなさい」
そう言って三味線を受け取ったわしは、
「三味の勘所は存じませぬが、これも
前世でマンドリンやウクレレを嗜んだことはあるが三味線は初めてだ。
しかし音色は違っても、弦楽器だから応用は効く。
調子をマンドリンのそれに合わせ、大阪
――――
♪君の
(中略)
♪さは言え悔し 願わくは
憎き敵をば 滅ぼさん さなりさなりと
(『
詞 落合直文 曲 奥山朝恭)
――――
わしは子供の時、楠公に倣えと教えられた。それは下士志願した後も同じだ。
戦後久しく楠公の名を聞かなかったが、歴史評価の変わり果てた平成の代でも、歴史的事実として楠公が後醍醐天皇の忠臣であった事に異論を唱える者はない。
十五章に渡る楠公の歌。
長い歌であったが、皆静かに聞いてくれた。
「不思議な節にございますが。流石ほんまの勤皇のお家ですなぁ。
いっぺん、京で勤皇を名乗る無頼の者に聞かせてやりたいですわぁ」
どうやら歌詞に感激したのか、芸妓の一人が袖を目に当てながらそう言った。
しかし、
「勤皇を名乗る無頼の者?」
「へい」
京都には、そんな者が存在するのか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます