いじめっ子は居なかった
●いじめっ子は居なかった
「いつの傷です? 子守の最中ですか?」
わしは声を荒げて問い質す。検めると明らかに打ち傷であったためだ。
転んだ傷では無い。剥き出しの脛は綺麗なものだ。
布の下は内出血を起こし、ぷつぷつと微細な穴から血が滲んでいる。
形からして棒では無い。恐らくは石。投石が当たった痕と見た。
いじめ? だとしたら由々しき問題だ。
「子守の最中とあれば捨て置けませぬ。早く人殺し共を捕まえねば!」
なにせおりんの背には首が据わって間もない赤子が居るのだから、それに向かって石を擲つのは、赤子を打ち殺そうとしたのも同じ。
狼狽しまくって話が出来ないおりんを問い詰めていると、
「坊ちゃん。心配しいひんでもええどすやで。その時赤子は背負わせておりまへんどしたさかい」
厨房から女将のお
「おりんは伏見を知らへんさかい、ここいらを回ってくるように言い付けたんどす。
そないしたら河原でな。男の子達の石合戦に巻き込まれたようでして……」
どうやら悪ガキ共の諍いに巻き込まれた模様。
しかし聞いてほっと気が抜けた。
「お陰で血だらけで帰って来て、折角坊ちゃんから頂いた服を汚してもうたんどす。
血落ちへんくなる前に水洗いしたもんの、着替えがあらしまへんどしたさかいな。お春はんに頼んで、間に合わせに紙子を拵えて貰うて来たのどすえ」
良かった。赤子は無事で、おりんも服を取り上げられた訳では無かったのか。
「危ない遊びに出くわしたら、元来た道を帰れば良いものを……」
これも不学の弊害なのか。とわしが呟くと。
「うぇ~ん!」
声を上げて泣き出したおりん。その声に驚いて背中の赤子が泣き出して、二重奏になる。
「ご苦労やったな」
女将は、おりんの背から赤子を受け取ると、片手でよしよしと揺すってあやしながら、
「間も
お客はん達の食い余しやけど、まだ温かい米の
とおりんの頭を撫でた。
現金なもので、
「米のまま?」
と問い返すおりんの顔に笑みが浮かぶ。
「ここは宿やさかい毎回飯を炊く。奉公人でも温かい飯当たる事も多いで。
お櫃から寄せれば一膳くらいにはなるやろう。お余り無おしても、カテ飯は食わさへん。
おりん一人なら、冷や飯やけど仏はんのお下がりがあるんや」
いずれにしても米の飯が食えると励ます女将。
おりんくらいの歳の子供は、容易く泣くがまた容易く泣き止むものだ。すっかり泣き止んだおりんにわしは話を聞いた。
「なるほど。河原を抜けた先に見知った所が見えたのか」
どうやら。いつの間にかお寺の敷地に迷い込んで、そこのお坊さんに門から締め出された模様。
入って来た所と別の所から出たので迷った挙句、河原の石合戦に巻き込まれたと言う訳だ。
それならば、道を知らないおりんに、河原を抜ける以外方法はない。
戻って来いと言われた鐘が鳴って居たからだ。
「おりんの脚で、行ける寺はどこですか?」
近くにお寺は無かった筈だ。
「橋を渡って言うのどしたら、多分、島の弁天はんやろう。
あそこは日当たりが良う場所も多く塀や樹風を防ぐさかい温こう、良う子供入り込む場所どすさかい。
ときとんぼなしに子供入りこんでは、修行の妨げになるさかいと追い出されるいたちごっこをしてはります」
島の弁天さんとは東光山長健寺の謂いである。
「何宗か判りませんが、お坊様も根性が悪い」
わしが口にすると、
「そうどすなぁ」
と女将は苦笑いしながら相槌を打った。
「お供の方から伺うたけど、ご出立は三日後、七つ立ちどしたな」
「はい。お春に準備させる都合がありますので。水当たり除けの酢や
ご府中への土産の針なども購わねばなりません」
準備は春風殿達に任せるとして、明日は伏見を歩いてみようと思う。
「明日一日。おりんをお借りしても宜しいですか?」
わしは女将に確認を取った。
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