第八章 手弱女ながら
三十二文字の律
●
「お師匠さんに、礼!」
ぞろりと居並ぶ男・男・男。
「あわ。あわわわわわわっ……」
行き成り、津波のように押し掛けるむくつけき野郎共に、破軍流師範である
「
ジト目でわしを見るトシ殿。
「既に地代や
丁寧な言葉で代弁する
「なら助けて遣れよ。可哀想に、摩耶っち固まっちまってるぞ」
「名義上は、摩耶殿の道場に入門し、間借りしている当流が教える形に成り申す故。致し方ござらん」
突き放して言う宣振の目は、堪え切れずに笑っている。
「とは申せ。あれでは
宣振。助けておやりなさい」
命ずると、頷いた宣振は畳まれた木綿の布を抱えて、摩耶殿と野郎共の間に立った。
「これより
古来、武士の主従は御恩奉公の約定が下にある。末席と
言ってぱらりと布を広げると、目に飛び込んで来る漢字の列。
――――
平時
来者不拒 去者不追
犯規必除 賊者必誅
戦時
逃亡必誅 抗命必誅
掠奪即誅 強姦即誅
――――
平時と戦時の原則を彼らに示したものだ。
「話は簡単にござる。
来る者は拒まず、去る者は追わず。規律を犯す者は追い出し、賊は殺す。
逃亡する者・反抗する者・略奪する者・強姦する者は
学の無い者の為に、宣振が飲み上げる。
法度は誤解の有り得ない強い言葉で書かれている。
求めるものは何も難しいことではない。彼らは有象無象の者達である。だから単純明快な決まりを示し、規律のタガで締め付けねば全く纏まりが付かぬのだ。
「不服のある者は、この場にて立ち去れ。残る者はこれらを了承した者と見做す」
わしの一喝に、志願した筈の何人かが抜けた。
「さしあたって、ご府中内の道普請や
わしは志願者を
「そうだ。水に合わぬと思うなら、抜けるのは今の内だぞ」
また何人かが抜けた。
「登茂恵っち。随分と減ったがいいのかよ?」
「問題ありません」
そもそも。これを受け入れられずに抜けるような程度の人間は要らない。
欲しいのは豪傑では無く、忠実に
兵隊として、腕に覚えの豪傑達がどれ程使えないのかは知って居る。
判りやすい例を挙げよう。
前世の歴史で維新後、日本国民が殺された事件で台湾に軍隊を派遣したことがあった。
問題はその道中。航海では飲み水の真水が貴重で一人一日幾らと割り当てがある。所が勝手に飲む奴が居たので水番を置いた。その番人が恫喝され、欲しいままにがぶがぶ飲まれたので、段々と位の高い者が番人を務めねば為らなくなった。そして遂には、遠征軍の総大将自らが水番に立つ破目に為ってしまったのだ。
笑い話のようだが、こんな連中を抱える軍隊が強い訳がない。
今は槍一筋が物を言う戦国の昔では無い。いや戦国の昔でさえも、弾に当たればどんな豪傑も一溜りもない。
そう、近代軍隊に豪傑は要らぬ。なんとなれば、鉄砲伝来以降の世界とは関羽張飛の如き万夫不当の豪傑が、よちよち歩きのデービー・クロケットに手も無く殺されてしまう世界なのだから。
「あほうな連中が抜けたけんど、まだ篩に掛けるか? 姫さん」
宣振が伺いを立てて来た。
「後は実地に間引きましょう。暫くは道普請と溝浚いなので、それで嫌気がさす者は去る筈です」
「そうやなぁ。戦うつもりで来て寄場の人足では、抜けるのも判るものやし」
「差し当たって、先ずは腹ごしらえをさせましょう」
「ああ。腹が減っては
宣振はわしが連れて来た男達に向かい、大声で
「おまんら、飯ぞ。たんとあるき腹一杯食え。
食うたらお仕着せの、
一人頭、五分搗きの握り飯に沢庵二切れ。具は梅干しと醤油を掛けた削り節の鰹節。海苔の佃煮に金山寺味噌。 それぞれ男の拳大だから、食いではあるだろう。
飯が終わり、柿渋色の制服に着替えさせた男達を前にわしは命ずる。
「ここにある
円匙は、道具と使って土を掘りて掬い上げ、時には火に掛けて飯を作り、武器と使って敵を殴り・斬り付け・打突致して首を干し、盾と用いて槍を弾く、実に使い勝手の良い物にございます。
これから普請等の傍ら、私が円匙の術を伝授致しましょう」
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