稚児縄

稚児縄ちごなわ


 障子を蹴り飛ばし、土足入り込んだ捕り手達た。


「神妙にしろ!」


 と声を上げ、居るのがわし一人だけだと知ると、


「坊主。吃安どもやすはどこへ行った」


 声を荒げ、わしの顔を睨みつけた。



「……おまん、さっきのわらしだな」


三蔵さんぞう親分。こんな大勢で……。どうか致しましたか?」


 解っているが惚けて見せると、


「ご府中ふちゅうから来たおまんが、吃安らとつるんでるとは思わんが、

 俺様とてお役目だ。言わんとあらばしょっ引かなきゃならん」


 必ずしも権柄ずくとならない所が好意を持てた。だからわしは事を荒立てず、


「しょっぴかねばなりませぬか」


「俺様とて、好きで人を縛る訳じゃねえ。だがな。

 吃安の隠れ家て思しき場所に居たおまんを、知らんて言うからへーそうだかと返す訳には行かん」


「道理にございますね」


「吟味は俺様の仕事ではねえが、捕まえて役人に引き渡すことに為る。

 上役の佐々木様が来るまで、三日くれー川越の牢屋敷暮らしになるら」



 お役目でなければ、わしを捕まえたくはないようだ。

 三蔵親分には捕まえる資格はあっても取り調べる資格は無いから、彼の上司である佐々木なにがしが到着するまでご城下の牢に収監されることになると親分は言った。



「大人しく捕まってくれなきゃ、こちらも手荒な真似をすることに為る。悪く思っちょし」


 およそ人を捕らえるのにしては、意外なほどの低姿勢だ。


「判りました。参りましょう。ここの屋主はどう致すのでございまするか?」


 すると親分は、


「街の顔役だしな。それにもう歳だ。

 勝手に離れにみ付かれたとがを、俺様なんかがどうこう出来るものでもねえ」


 はっきりと匿った証拠がある訳で無し。三蔵親分としても事を荒立てたくは無いのが判った。


「済まんが、腰の物は預からせて貰う」


 言いつつ掛けられた縄は、極緩く首と左右の二の腕に絡み、後ろ手に交叉した手首を結わえた。



「これは?」


 不思議な縛りを問うと、三蔵親分は複雑な顔をした。


「ああ稚児縄だ。成り行き上しょんねえこんとは言え、大人しく付いて来るおまんに早縄は避けてえからな。

 三つ輪を掛けた淡路結びは、本来祝儀の結び切り。二度あっちゃ欲しくねえ祝いの引き物に使うものだ」


 本心は子供に縄を打つのが嫌と見え、お役目上仕方ないと愚痴る親分。



 稚児縄は子供に対して使う縄で、先ずは無難な選択である。

 この時代は、身分や立場によって掛ける縄を定められていた。違えれば縄を掛けた方が処罰されるものであったから、掛ける方も相当気を使っている。

 縄はきつ過ぎず緩すぎず。血行を阻害したり傷めつけたりする類のものでは無い。


「随分と緩く打つものですね」


「緩いのは大人しく捕まってるからだ。あばけりゃあどんどん締め付ける仕組みだ」


 なるほど。わしに試す積りは無いが、本当ならば一筋縄では行かぬ堅固さだ。



 川越藩の牢獄は、上五ケ町かみごかちょうの一つ高沢町たかざわまちにある。

 緑に囲まれた古刹こさつを北に見て、高札場の辻から西に進むと、素麺の出荷をしている家々があった。

 親分から役人に引き渡され、獄へと進む訳なのだが。ここで思わぬ事が起こった。

 一応、女牢おんなろうも士分のひとやもあるのだが、わしが放り込まれたのはどちらでも無い。


「これは……」


 恐らく何かの手違いが有ったのだろう。所謂、無宿牢という奴だ。

 古い海水浴場に良くある、小汚い公衆便所のにおいと言えば解るだろう。それとむんむんとした酸っぱい汗の臭いが立ち込めて、これだけでも具合が悪くなりそうだ。


「何かの間違いでは有りませぬか?」


 一応確認を取ったのだが。


「子供用の牢獄は無い。だが、八州廻りのお掛りならばここだ。入れ」


 確かに関東取締出役でやくが取り締まっているのは無宿人であるが。


ほぞを噛んでも知りませぬぞ」


 縄を解かれ背を押されたわしは、そう言い捨てて格子を潜った。



 畳はあるが、牢名主と牢役人が独占し、囚人は板の上に座っていた。

 役人の足音が遠ざかると、髭面の牢名主がわしを見て言った。


「餓鬼か。ツルなんざ持っていやしめえ。

 悪いなそろそろ間引かねばならねえ時期に入ったのが、運の尽きと観念しな」


 目で合図すると同時に、わしは囲まれた。

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