御用だ!

●御用だ!


 離れに近付く正規の方法は、符丁となる和歌と鈴の音。

 だからどちらも欠いて近付く者は招かざる客に決まっている。



「判っている。どうせ国分三蔵こくぶのさんぞうの野郎だろう。ずらかるぞ」


 安五郎親分は当たり前の事のように言った。

 既にわしらを出迎えた時に、喧嘩支度は済んでいる。


「抜け穴はあるが、誰かが残って隠すよう後始末をしなきゃならん」


 わしにそう説明をした親分は、兄弟分の一人に告げた。


「ここは兇状持ちじゃねえ亀に任す。亀、いいな」


「へい」


 兇状持ちでは無いと言え、一人残って捕まる気だ。



「若様達も一緒に行くけ?」


 親分がわしらを誘う。


「私どもは別に法に触れている訳ではございませぬが」


「国分のは馬鹿が付く程、クソ真面目な野郎だ。良く言えば仕事熱心。悪く言えば融通が利かん。

 出くわせば必ず面倒事になるのが目に見えてるら」


 何を言っているんだと言う顔でわしを見る親分達。


「つまり。親分さん達を捕らえに参った国分の親分は、ここにいる者は全て召捕って仕舞えと言う御仁にございまするか」


「ああ捕り物に来て踏み込んだ以上、ほけぇ居るなあ全て一味だて言う考えの野郎さ。

 仮令たとえ襁褓おしめの取れん赤子ややこだって、構わず一緒にしょっ引いて行く」


「それはまた難儀なことにございます」


 わしがつらっとして言うものだから、


他人事ひとごとじゃねえぞ。若様がそうなるだよ」


 危機感が無いと思ってか、声を荒げる勝蔵かつぞう殿。



「武家と寺社は町方の支配にございませぬが」


 とわしは原理原則を述べるが、


「ほんなこんに気を回すような奴じゃねえ」


 親分は考えを直させようと言葉を連ね。


「捕みゃーた後で役人がなんとかすると考えとるのが国分のだ。

 あかんで。いっしょくたに捕みゃーられて往生こくのが関の山。

 実家ざいしょにどんなとばっちりが。だもんでちゃっちゃと一緒にじゃ」


 亀吉殿がその考えは甘いと唾を飛ばす。



「後はお役人次第と言う訳にございまするか」


「そうだ。川越はご府中ふちゅうを護る要の地。ふんだから役人と来たら融通の利かん奴ばっかだ。

 武家といえども容赦はしんことずら」


 諭す安五郎親分。



「ふふ」


 わしはにやりとわらい、


「ならば試してみましょう。陪臣ずれがどこまでやるかを」


 とはらを決めた。

 実の所。故あってわしは騒動を起こしたかったからである。


 わしは刀からこうがいを抜いて、


「これを持って、お城の城代殿の元に行って下さい」

 大樹公たいじゅこう下賜かし黒印状こくいんじょうを入れた印籠と共にトシ殿に預ける。


「……おめえなあ」


 理解したのか呆れた顔をするトシ殿。


「このほうが、後々の話は早いと思いますよ」


 抜け抜けと口にするわしの言葉に、後の展開まで悟って仕舞い肩を落としたトシ殿は、


登茂恵ともえっち。遣るのはかまわねえが、大概にしとけよ」


 と、大人しく二品を受け取った。



「私がここに残ります。トシ殿の、早く頼みますよ」


 わしの気が変わらぬと見た安五郎親分は、


「正直有難いが、無理はしちょ」


 無理はするなと言い残し、床の間の仕掛けを動かした。これを外から直せば、判らなくなる。



 こうして親分達とトシ殿を逃がし、わしが仕掛けを戻した時。


「御用だ! 御用だ!」


 の声が連呼した。

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