第四章 軍歌の始まり

破軍の旗

破軍はぐんの旗


 摩耶まや殿が師範代を務める神道破軍はぐん流の道場は、妙見みょうけんさんを祭る破軍神社の境内にある。


「暫くお世話に成りたく参りました」


 と大樹公様の御前を辞した足で訪ね。お墨付きと拝領の金子を手渡すと、ばねのように飛び上がった摩耶殿が、


「どうぞこちらへ」


 とわしの手を引っ張って、再び鴬張りの廊下の先の奥座敷へと招かれた。



 奥座敷にて神社に伝わる一振りの宝剣と一旒いちりゅう旌旗せいきを拝見する。

 宝剣は紫の袱紗ふくさに厳重に包まれており、旌旗は桐箱に畳まれて納められていた。


 旌旗は絹布の四方と呼ばれる正方形に近い、乳付旗ちつきばた。つまりと呼ばれる布製の筒によって竿に固定するように作られた旗だ。

 意匠は、紅縁の中に紺地に金泥で描かれし七つの丸。丸の配置は北斗七星の柄を上に掲げたものである。



「これが弊社に代々伝わりし破軍星旗はぐんせいきにございます」


 摩耶殿は流派の由来をわしに紐解く。


「当流は、敵を殺す剣に非ず。天命にしたがいて破邪顕正はじゃけんしょうを行う術にございますれば。

 妙見様が振るう降魔こうまの利剣、星辰せいしん斗柄とへいおざす切っ先こそ、我らが名にし負う破軍星はぐんじょうにございます」


 北斗七星の七番目の星アルカイドの漢名が由来と摩耶殿は言った。



 古代より中国には、北天の中心に坐す不動の星・北極星を天のみかどとする信仰があった。

 だから帝王の位に着くことを南面すると表現する。



「伝えによれば。開祖は交野かたのノ八郎と申す都を騒がす盗賊にて、治天の君たるいん直々に召捕られた後、下人げにんの一人に加わえられし者にございます。

 乱の後。下郎げろうが故に責めを免れし彼は、御宸襟ごしんきんに染まぬ隠岐おきへの行幸みゆきしたがいて玉体ぎょくたいを護りたてまつり。

 後に御遺勅ごいちょくにより、密かに御霊みたま御宸筆ごしんぴつと一振りの宝剣を、京は適わずとも八瀬やせの地まで御還御ごかんぎょ奉り、その地で出家致しました」


 流派の開祖は盗賊上がりで、縁あって時の上皇様に使える召使になった。

 乱の後、身分が低すぎたので処罰を免れた彼は、上皇様の意に染まぬ隠岐の島への行幸に付いて言った。

 ここで行幸と言葉を飾っているが、要は戦いに破れてた上皇様が隠岐の島に流されたと言う事だ。


 ここまで聞いて上皇様の正体が分かった。

 天照大御神より始まる皇統で、臣下に弑逆された天皇が崇峻天皇ただお一人であるように、臣下に処罰された御方も唯お一人。つまり乱とは国史こくしの教科書にあった承久じょうきゅうへんの事であり、上皇様とは後鳥羽上皇その人である。


 その上皇様が無くなられると御遺言に従って、直筆の手紙と愛用の刀剣を携えて隠岐の島を奪取っして、京都近くの八瀬と言う土地までやって来て、そこで上皇様の菩提を弔うために出家した。と言うのが話の流れだ。


 おいおい。だったら何故、京の近くにある八瀬の地ではなく、今でも東夷あずまえびすと呼ばれるご府中に伝わるのか? わしには疑問しか浮かばぬが、まあこの手の話はよくある事だ。と、話半分で聞いていたが、話は続きがあるようだ。



「その後開祖様は鎌倉を探る為、仏法修行に名を借りて草深き関東の地を巡りました。

 朝敵首魁の子は不世出の大出来者おおできものにて、誰一人そしる者の無きまつりごとを行ったため、院の仇を取ること能わず三年の歳月が過ぎ去った頃。

 行脚の旅の途中。沼沢の地であったご府中に参られた開祖様は、後にご神木となる連抱れんぽう大鴨脚樹おおいちょうの下に一夜を明かしました。

 その時お仕えした院より夢告を授り、一流を開いたのでございます」



「なるほど」


 やっと合点が行った。


 出家した後、開祖は鎌倉方に隙は無いかと仏法修行の形を取って関東の地を探っていた。

 既に敵の大将の子供の時代になっていたが、彼はとても優れた人物で、誰一人文句を付ける事が出来ないような立派な政治を行っていたのだ。だから上皇様の仇を討つことが出来ないまま三年経ってしまった。


 開祖が当時沼や沢ばかりの地であったこの地を訪れた時。後に神社のご神木と成る大人が何人も集まらねば抱える事の出来ない太さの大きなイチョウの大木の根元で一夜を過ごした。

 すると、お仕えしていた上皇様が夢に現れてお告げをされ、これによって神道破軍流が誕生した。


 と言う事か。


 一応、辻褄合わせ位はしているようだ。



「お疑いですね?」


 摩耶殿は、ニコニコしながら


「ご覧下さい」


 そう言って、宝剣の袱紗ふくさを解き始めた。

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