親分の仲裁2

●親分の仲裁2


「で。お坊ちゃん。どないしたいんや?」


 親分はわしに聞いて来た。


「こいつらは、別に杯を降ろしたった訳ではあらへんが。このわしを親分と慕うて居る。

 わしを信じて喧嘩を預けた以上、こいつらの顔も立てて遣らなならへん。


 道理から言えば、お坊ちゃんが正しい。せやけどな。世の中っちゅうもんは、道理として正しいが必ずしも人として正して事とは限らへんものなんや。


 見ての通りこいつらは、相手の腕も量れへん未熟者や。己の狭い料簡でしか物事を見れへん半端者や。

 そやけどな。こやつらにもこやつらなりの道理言うものがある。程々の所で勘弁したってはくれへんか?」


 仮令たとえ一方にのみ非があろうとも、どちらの顔も立つようにしなければならないのが、喧嘩の仲裁である。

 落ち度をきっちりと認めさせる代わりに、落ち度のない方にも堪忍を求める。そうしてどちらも立つ瀬が無くなる事に成らぬ様、納得させるまでが手打ち。

 それを親分の面子を懸けて行うからこそ収まりが付くのである。


「ならば。お互いに、無かった事にするのが一番でございましょう」


 わしは結論から先に言った。



「ええのかそれで?」


「十両の事は確認し無かったあちらに落ち度がありますが、あちらだけが痛い思いをしております。

 戻って参ったことでもございますし、この上親分やおかみの手を煩わせるのも如何なものかと存じます」


「まあ。そやな」


「それに。古き歌にもこうあります。


 公達きんだちも 腹這はらぼう虫のしずが身も

 ほとけの子なり 御民みたみなり


 尊い身分の御方であろうと、身分のいやしい者であろうと

 み仏の赤子せきしと言う言う意味では、天子様の御民おおみたからと言う意味では変わりません。


 ならば男子たる者には皆、意気地があり。一線を超えれば、後は命の遣り取りしかございますまい。

 しかしそれでは、仲裁なさる親分殿の顔を潰すことになってしまいます」


「そうか? やったら、さっきの喧嘩は無かった言う事で構わへんな?」


 わしとやくざ者を交互に見る親分。


「それで結構でございます」


「へい。わしらはそれで構いまへん」


 喧嘩に関しては、双方遺恨なしと言う事で決着が付いた。

 そして当然、一分銀・四十枚も無事戻って来た。



「親分殿」


「ん? なんや」


 戻って来た財布の中身を全て出して、親分に差し出し、


「お春の父御ててごが博奕で拵えた借金は十両。ここに同じ十両が御座います。

 返せば話は終わりですね?」


「ええんか? お坊ちゃんの言う通り、そちらには関係あらへん話やで」


 わしの申し出に確認をとる親分に向って、わしはつとめてにっこりと笑顔を作る。


「先程親分は。勝手に子分を名乗る者にも、子分と同じ情けをお掛けに為られました。

 私がそれに倣ってはいけないのでしょうか?」


 親分は、


「そうかそうか。確かにわしならそうするな」


 と頷いて、


「なら、こらあんたらの物や」


 親分が手で、すーっと四十枚の一分銀を畳の上を滑らせて、やくざ者の方に寄せた。


 しかし、


「へへへ。こらどうも。けど坊ちゃん。借金には利分りぶん言うものがあるんやがな。

 利分を合わせると十一両や」


 いざ銭が入ると成ったら欲を掻いた。



「そ、そないな。たった十日で。しかも半分は今日の負けやのに」


 当然、お春の父親が抗議する。


「世間知らずのお坊ちゃんは知らへんやろが、借る時に利分を加えて悪い言う法度はあらへんのや」


 三下でもやくざ者の意地を、男達は示した。

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