御前出入り1

●御前出入り1


 見ると。彼岸花を散らした如く朝の陽に浮かぶ百余騎の鎧武者。

 騎乗は身分の証。士分の中でも相当身分の高い者でなければ馬に乗る事は許されぬ。

 例外は、今鍛えている御親兵ごしんぺいの内、格別のお沙汰をもって騎兵を拝命した者達だけだ。


 今世では鋼馬的以カバリイと音訳されている騎兵であるが、前世の頼もしき友軍・戦車兵には小柄な者が適していたように、騎兵に適した体格と言うものがある。


 それは奈津なつ殿の如く、すらりと背が高く手足の長い者。

 手が長ければそれだけ早く剣先が敵に届き、つるぎは風の如く敵を刈るだろう。

 足が長ければ馬の腹を締め易く、鐙を十字に踏んで立ち上がればより高い視点を持てるのだ。


 同じ事が、あの赤き甲冑を纏った武者達にも言える。だからあの中には小兵は居らず、皆西洋人のように大きかった。

 いや。只一人。鎧武者の城壁に囲まれるが如くに鎮座するお方。


「気を付けぇ!」

 御親兵に号令を発し、わしも一緒に直立不動。

「捧げぇ~、つつ!」

 号令しながらわしは西洋式の刀礼で迎える。島崎殿も膝を折り、あちらに向かって平伏した。


「おう登茂恵ともえ! 出迎え大儀!」

 馬を打たせて前に出て来る美丈夫の姿。

「上様! お待ちしておりました」

 それは勿論、大樹公たいじゅこう様その人である。


 ざわっ。ざわわっ。張り詰めた空気が場を満たす。

 その一糸乱れぬ御親兵の姿に圧倒され、見物人は慌てて土手にしがみ付いた。

 子供も大人も年寄りも、息を凝らして見ていたが。やがて大樹公様のお出ましと理解した瞬間。


「「「ははぁ~!」」」

 ばたばたばたと音を立てて、波を打つように土下座の嵐。



「皆の者。苦しゅうない。おもてを上げよ」

 大樹公は仰るが、それで顔を上げるのは何も弁えぬ子供くらいなもの。

「これ!」

 慌てて親や周りの者が、好奇心旺盛な子供の頭を押さえつけるが、

「良い。皆楽にせよ。われが直々に差し許す」

 大樹公様は馬を降り、従う小者に手綱を預けながら命令した。



「登茂恵。こなたは?」

 大樹公様は、鞭で平伏したままの島崎殿を示す。

しずなれど、忠義篤き上様の郎党にございます」

 トシ殿が通う道場の主であり、腕は無双。但し、正式には士分では無いとは聞いている。


「そうか。此度は予の座を整えてくれたと聞いているぞ。腕の立つ剣士とも」

「ははぁ!」

「無役・無禄たれとも、一朝事あらば一番に参じたいとの心根、予は嬉しく思う」

「はっ!」

「忠義ある者こそ、予の宝。皆がそなたに倣うよう、これを遣わす。

 登茂恵、渡すが良い」


 そう言ってわしを介した刀は、大樹公様好みの黒石目の鞘に金色の柄巻き。風格のある象嵌風龍ぞうがんふうりゅうの鍔。

 島崎殿は、恭しく諸手を差し上げて受けった。


「検めて見よ! 銘は無いが良き刀ぞ。腰物こしもの拝見役のおあさに試させて、見事明珍みょうちんの兜を割った刀ぞ。

 切り口実に三寸五分、深さ六分に達しておった。実戦ならば刃は脳漿のうしょうに届いて居るわ。

 無銘なれど名刀の実あり。どうだ、そなたに相応しき業物であろう?」


「ははぁ。検めまする」

 懐紙を口に刀を抜くと、刀身は反りの浅いがっしりとした剛健その物。互の目乱れの刃文と黒き地鉄。

「これは、彼の虎徹に相違ありませぬ。拙者の如き者には過分な刀にございます」

「よい。もうそれはそなたの物ぞ。予の手許にあるよりも、そなたの手にある方が役に立つ。

 大樹が家に仇なす者が現れる時。そなたの誓いを果たすが良い。頼むぞ」

「ははぁ!」

 島崎殿は感激のあまりそれしか言えなかった。



 それから半刻。川を挟んで敵味方に分かれる二つの勢力。

 高台からそれを見据え、大樹公様が仰せになられた。

「この喧嘩、予が見届ける。良いな」


 ブォォォォォォーーー!


 大樹公様のお言葉と共に法螺貝が吹き鳴らされた。

 前代未聞の「御前出入り」の始まりである。

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