泣く子が地頭
●泣く子が地頭
「まるで罠に掛かった雀のようですね」
遊郭の
「お侍様。銭の算段は付きましたか?」
桶の番をしている、商家で言えば大番頭位の年嵩の男が春輔に尋ねた。
「これ、何とかこの通り。しめて三十八両持って参った」
「検めさせて頂きます」
念入りに一つ一つ噛んで本物と確認した男は、
「これはいったい……」
当惑気味に息を吐いた。
わしは春補に頼まれた通り、
「足りぬか?」
と、声を掛ける。
「……お前様は」
「
そこへ春輔が人の悪そうな顔で、
「控えよ。お殿様のご息女なるぞ」
と大声で呼ばわる。そして注目を集めたと見るや、
「ここに
忽ち目を見張る桶番の男。
「あの噂に高い、
がやがやと人々が口にする。
「そうじゃ。その姫様ご本人じゃ」
威張ったように
何? 聞いておらぬぞその話は。
睨むこの目に気が付いたのか、宣振は目を反らした。
後で絶対問い
宣振を睨むわしの目を、わしの不興を買ったと思った桶番の男に、春輔は嵩に掛かって、
「姫様はこう仰せである」
とわしの言葉を創り出す。
「目肉のつくねで大鯛を十尾も潰さねばならなかった。と申すが。
他の部分は如何した?
この者の借財、
鯛なれば一夜にして痛む訳でも無かろう。
煮付けさせてそぼろにでもし、
大鯛十尾分の鯛そぼろともなれば、必ず全員に行き渡ろうぞ。
とな。疾く、残りの部位を持て参れ」
桶番の男は目を剥いて、
「い、今。
転ぶようにすっ飛んで行った。
やりおった。褒美に使うから残りを引き渡せと言われても、夕べの大鯛など今更欠片も残っておるまい。
それも捨てていると言う事はあるまい。おおかた自分達で食べたか他の客に回したことであろう。
刺身にでもすれば誤魔化せるからな。
楼主としてはうやむやにしたいことだろう。しかし銭を支払うのが、腐っても藩主の娘のわしだとなれば、残って居ないでは済まされぬ。
わしが用立てたのは三両だけだが、そんなことを教えてやる義理も無い。
春輔は、慌てて遣って来た楼主と交渉を始めたが、既に無い物は無い。
まるで肉一ポンドは構わないが、一滴の血も流すべからずと言われたシャイロックのように、後は春輔の為すがままだった。
「ではしめて、十両二分で宜しいので?」
「はい。残りはお返し致します」
不足を取り立てる所か、春風殿に取り過ぎを返す羽目になった。
俗に、泣く子と地頭には勝てぬと言うが。泣く子が地頭で、しかも道理も有る以上、楼主に勝ち目は無かったのだ。
「春風殿。済みました。改めて供を命じます」
顔を覗かせた春風殿に、わしは飛び切りの笑顔で命令した。
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