所有と経営3

●所有と経営3


「これは。銭を使った異国との大戦おおいくさにございます」

 わしは歌う。海国男子かいこくだんじ賛歌ほめうたを。

――――

♪六十余州を 治める大樹たいじゅ

 その胆斗たんとに あやかりて

  紺海あおうみの 続く果て

  白雲しらくもの 浸す果て

  行く手遥けし 千里の波

 万邦ばんぽういまだ 戦国の世ぞ

 艫舳ともへぎ いざ進まん

  紺海あおうみの 続く果て

  白雲しらくもの 浸す果て

  行く手遥けし 千里の波

 八島やしまの民の たけき名を

 海の遠く 轟かせ


♪いとどもかしこき 天皇すめらぎらす

 その御稜威みいつを 載せ奉り

  蒼天あおぞらの 結ぶ国

  白波しらなみの 通う国

  いざや捉えん 万里の風

 万邦ばんぽう今は 交易の世ぞ

 照りぐわし その海道うみつじ

  蒼天あおぞらの 結ぶ国

  白波しらなみの 通う国

  いざや捉えん 万里の風

 八島の民の さとき名を

 地のはてまでも 輝かせ

――――

 うたは心をふるわせる。歌は心をふるわせる。

 威勢の良い歌謡は、理由も理屈も吹き飛ばす。


 本当は昼ではなく、夜に松明の灯りでやればもっと良いのである。しかし、この程度でも、慣れぬこの時代の人々には刺激が強かった。

 我らの動きを睨みつけていた町方さえも、気が付けば唱和の河に流されている。


 職人達も商人達も、野次馬も瓦版屋も。それどころか、わしの遣り口に慣れて来た御親兵ごしんぺいまでもが。聞き慣れぬ音曲に揺さぶられてしまっていた。


 ここに集まった職人も商人も。自分達がその先兵であることに誇りを感じている。


 因みに株の話だが。何を以て純利とするかまでは詳しく説明はして居ない。しかし当然、開発費や建物の建設維持費などは費えとして計算するに決まってはいるがな。

 いずれにせよ。実質的経営権はあちらにある。大株の半数は国益を損なう場合の拒否権ベトーに過ぎず、餅は餅屋と彼らに任せ、上手く利を頂く心算である。


 こうして盛り上がったその後で。わしは大樹公たいじゅこう様の感状やら黒印状を掲げさせて読み上げる。合わせて、大樹公家のぞくまぬお伊能いの殿に対する、彦根中将様の感状も。

 わしらは大樹公様のご意思にしたがっているばかりではなく、中将様からも手柄を認められている存在であることを誇示するために。


 果たして町方の眼が変わった。

 お伊能殿を再び捕縛しようとしていた連中は特に、襲撃に遭った中将様の感状は猛烈だった。

 もう何を信じて良いか判らぬと言った態。一気に気が抜けてぽかーんと埴輪のように大口を開け、脱力の余り地べたに座り込んでしまった者もいる。


「そろそろですね」

 わしの読み通りならば、そろそろだが……。


「町方の者! 上意である!」

 早馬を飛ばして遣って来たご使者は、腑抜けた町方に大樹公様の命令を継げた。

 やれやれ。そっちが先に来てしまったか。

 それは当然、大樹公様でも無視できない方々のご意向を含んだ命令であった。



 町方の者がしおしおと、職人と商人が大手を振って帰ってより四半刻しはんとき(約三十分)。

 騎乗の役人が、馬を引かせて供を連れ、真っ直ぐとこちらに向かって来た。


登茂恵ともえ殿は居られるか! 上意である。大至急登城されよ」

 呼ばわる役人は、大樹公様の書状を携えて来た。


 来た。果たしてご府中に来ている諸外国の公使や領事に提出した特許申請は、どうなったであろうか?

 相互主義以前だが、日付は明らかにこちらの方が先に為る筈だった。

 もしも我らを侮り、受け取りを拒否したり改竄したりするならば、実力行使も考えてある。


 なお翻訳その他は、良庵りょうあん殿にお願いしてあったことを記しておこう。

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