わしに翼を恵む物
●わしに翼を恵む物
「
破軍神社を訪ねて来た柳屋殿が桐の小箱を二つ、わしの前に差し出した。
「コンニャクは
平成の代、コンニャクと言えば群馬であった。
群馬は旧国名で言えばその大半が
都合の良い事に、上野国には
わしにとって、コンニャクと成った物には価値は無いが、中間加工された原材料の安定供給は急務であった。
「頂いた方法でコンニャクを粉にしたものが甲の箱にございます。
しかし、
検めるとくすんだ白い粉。
「このコンニャク粉がこの世を変えます。これは我らに翼を恵む物にございます」
そうわしは断言する。
「水はどこまで吸いますか?」
「コンニャク粉・一匁につき、水・四十匁にございます」
「宜しい。十分に使えます」
無いよりはましな代物だが、高分子吸水剤の代替に目処が付いた。
わしは、コンニャク粉を一匙取りて器に入れ水を注いで行く。ただ注いだだけでは粉がダマになってしまっているが、全体としてみれば粘性の高い液体となった。これ単体では心許ないが他の素材と組み合わせれば、襤褸の布切れよりは使い易い物に仕上がりそうだ。
これを繋ぎに、早く海藻のアルギン酸から吸水ポリマーを作り出す方法を確立しなければ。
わしの見当では、ホルマリンで
因みに一般的なアセタール化とはこんな反応で、分子を繋げてより高分子を作るのだ。
――――
2[ra]OH + [rb]COH -> [ra]O[rb]CHO[ra] + H2O
但し、
[ra]:炭化水素
[rb]:水素または炭化水素
――――
「柳屋殿。これを安定して大量に作れますか?」
「はい。ある程度は」
「これは柳屋と大樹公様の天下に莫大な富を齎します。この世に女がいる限りは」
とわしは結んだ。
「
と柳屋殿が訊くので、わしは上機嫌に言ってやった。
「子を生す事の出来る女なら、月に一度訪れるお客様に備えるものにございますよ」
「げほっ、げほっ」
漸く数えの十一になったわしの口から出た言葉に、柳屋殿は
無理もない。今のわしは満にして九歳になったばかり。前世ならばやっと春から尋常科四年になる歳である。
この時代ならば当然、そのような事は知らないのが当たり前なのだ。
「そして月のお客様とは異なり目処が立っているお話として、コンニャクは我ら
ガスを逃がさぬ様に気密を保つ為の素材としてわしは、前世で史上初めて大陸間を跨いで使用された兵器・気球爆弾にも使われたコンニャクを選んだ。
尤も和紙ではなく
ここで一つ問題が。コンニャクを固めるのに通常は石灰(炭酸カルシウム)を用いるのであるが、コンニャク糊の気密性を保つためには
製造過程の者の指紋と引き換えにしても、兵の血には代えられぬ。我らに鳥の目さえあれば、どこでも戦略高地を得られるのであるからだ。
本音を言えば、頑強さの為に
「そしてお探しの海藻が乙の箱にございます」
依頼の品の内、オゴノリは南部で見つかった。まだわしの望む加工法は考案されていないが、既に石灰で毒を抜く技術は開発されている。
冷害続きの
「ならは、このオゴノリは五穀を渡せば独占的に押えられますね」
「はい。上は銭や米を求めますが、下々は雑穀の方が悦ばれましょう」
米だと領民の口には入らぬからである。
「しかし、一つ気懸かりが」
柳屋殿は額に縦皺を作った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます