無法の忠臣

●無法の忠臣


 八島の国の習わしを、一つを除いて全て変える。この無法とも言える過激な発言に、具視卿ともみきょうの受けた衝撃は計り知れないと見た。


「あんたの勤皇の志だけは、嫌言うほど解った。そやけどな。大胆過ぎる話や。

 言うとくわ。登茂恵はん、あんた長生き出来へんわ」


「登茂恵は百までも生きる積りにございます。少なくとも、自害する積りはございませぬ。

 もし君側のかんが、登茂恵を朝敵と讒訴ざんそしようと、生き延びて大君おおきみ御為おんために戦い続けます」


 わしは長生き出来ないと言う具視卿の言葉を受けて、決して自害などせず、もしも主上おかみの側にいる悪い奴が、わしを朝敵に仕立て上げたとしても、生き延びて主上の為に戦い続けると明言。

 そしてさらに言葉をつづける。


「今の内に申しておきます。

 登茂恵は皇統みすまるを護るため、時には謀叛むほんをも厭いませぬ。

 仮令たとえ官軍たる日月の錦の御旗を見ようと、大楠公だいなんこうの墓から出でて菊水の旗を掲げ立ちはだかろうと、大君の御為おんためにお手向かい致しまする。

 されど、真に真に申し上げます。決して謀反むへんは致しませぬ。

 もし主上おかみ自ら登茂恵の前に立ち、降伏せよとみことを下し給わんその時は、ご英慮に服しまする」


 わしは主上を護るために謀叛、即ち国家に対して弓を引くかも知れない。しかし、謀反つまり陛下の殺害を目論むことは無い。はっきりとそう宣言しのだ。




「はぁ~」

 大きな溜息と共に脱力した具視卿の姿は、少しばかりすすけて見え。

 心なしか卿の強装束こわしょうぞくなえとしてへたったかの様である。



登茂恵ともえはん。毒薬て聞いたけど、こないとは思わへんかった。

 解った。当今とうぎん様始めかしこき方々には、気安う攘夷言うたらどんなんになってまうのか、重々じゅうじゅう釘を刺して置く」

 具視卿は約束した。公家の口約束なのであまりあてには出来ないが、違えればわしが何をしでかすのか判らない。そしてそのるいは、主上以外には確実に及ぶ。


 わしは、

「登茂恵は鄙者ひなもの故、駄目押しさせて頂きます」

 と断って、誤解しようのない強い言葉を宮中に向けて発信する。


「登茂恵は皇統を護るためならば手段を選びませぬ。

 一度、攘夷の大詔おおみことのり下りし後は、軍中なればしょうを聞かず。

 夷狄が関白殿下の喉に刃を突き付けて降伏せよと申しても見殺しに致します。

 仮令たとえ夷狄がもうけの君を盾としても、迷わず鉄砲を放ちまする。

 関白は高貴なれども臣下にございます。東宮とうぐうとても治天の君と釣替えに為りませぬ」


 物狂おしい程の熱を込めてわしはった。

 一度、外国を排除せよとの主上のご命令が下された後は、軍事行動中だから以降の陛下のご命令を無視する。

 外国の軍隊が関白殿下を殺すぞと脅して降伏を迫っても見殺しにする。

 もしも外国が皇太子殿下を盾にしたとしても、迷わず攻撃する。

 関白は偉い方であるが主上の臣下に過ぎないし。皇太子であっても主上には代えられない。と。


 流石にここまで言い切れば。よもや攘夷をせよ。と言うご命令は下るまい。

 下った時は、お止めせず主上を危険に曝す不忠者の公家には泣いて頂く。



「鄙者言うて憚らぬ登茂恵はんやさかい申しまひょ。あんたは無法の忠臣や!」

 このわしの、過剰な主上への忠誠心を告白された具視卿は。公家らしくも無く、心の内が透けて見えた。

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