転生したらタラシ姫～大往生したら幕末のお姫様になりました～

天狗の手紙

●天狗の手紙

　借りて来た猫とは、こう言うものなのだろうか？　座敷に通され、居心地悪そうにしている男の子がいる。

　伏見で鞍馬山の天狗の言伝を寄越した、あの角兵衛獅子の少年だ。

　手紙は警告から始まっていた。

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　水府（すいふ）は、数多（あまた）の派（は）に分かれ相克（そうこく）す。

　安（いず）くにか八州の猛士（もうし）を得て大業を成さんと欲する天狗あり。

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　水戸は沢山の分派が対立し合っている。

　そのうちの一派が、どうにかして関東八州の勇ましい男達と謀って大仕事をしようとしているのだと。

「ひっ」

　思わず摩耶（まや）殿が声を上げた。

　眉間にしわを創るわしから、殺気が漏れていたのだろう。

　だが、構わずわしは先に目を通す。

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　そも八州は天領大小名の領相（あい）混じり、猛士は押し並べて無頼の徒にして国を売りし輩（やつばら）なり。

　慶安（けいあん）博奕（ばくえき）を生業（なりわい）とし、盃（さかずき）を交わして一宇（ひとついえ）とし、侠（おとこだて）を競いて古（いにしえ）の坂東武者の如く八州に蟠踞（ばんきょ）す。

　不学（ふがく）破廉恥（はれんち）の輩（やから）多けれど、世が世なれば一廉（ひとかど）の者と成りぬべき者また多し。

　国に奉ずる赤心ある者また多し。

　されば水府の弁士、巧言令色（こうげんれいしょく）の舌刀（ぜっとう）を振い、躬（み）ずからの駒と成さしめんと欲す。

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　そもそも関東は色んな所の領地が入り混じっているから、使えそうな生きのいい連中はならず者ばかりだ。

　主に仕事の斡旋や博奕で生活している連中で、親分子分の盃を交わして一家を作り、強きを挫き、弱きを助けることを建て前として大昔の武士団のように各地に根を張っている。

　無学で礼儀知らずの者が多いけれど、世が世ならば出世している筈の者も多い。

　国の為に尽くそうと言う真心のある者も多い。

　だから水戸の天狗が耳触りの良い事を言って博徒達を利用しようとしている。

　なるほど。そう言う事か。

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　弁士曰く。

　癸丑（きちゅう）より八島（やしま）に寇（あた）す外国（とつくに）多し。

　悪銭を以て精銭（せいせん）を購い、仰いで天子様のお手許を掠め、俯（ふ）して人衆の活計（たつき）を脅かすは、エゲレス・メリケンを頭（かしら）とす。

　オロシャに至りては猶（なお）酷（ひど）し。対馬を先付（さきづけ）として遂には蝦夷地全てを平らげんとするは、オロシャにて上梓（じょうし）されしものなればなり。

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　彼らが言う事には、

「黒船来航の年から、日本を我が物にしようとする外国が多い。

　あちらの銀貨を小判に変えて金を流出させ、物価を高騰させて上は天子様から下は庶民の生活を脅かしていのは、イギリスやアメリカが中心である。

　ロシアに至ってはもっと酷い。対馬を前菜にして領土を奪い、最後には北海道以北全てを手に入れようとしていることは、ロシアで発行されている本に明記されていることだからだ」

　ふむ。上手い手かもしれない。水戸の天狗は、庶民が身近に感じる物価高の不満と、ロシアの日本侵略の意志を説明して、敵愾心を刺激している。

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　更に申すにては、

　斯（か）かる国難に卿（おんみ）に問う。

「予（かね）てより、長（ちょう）の義卿君（ぎけいくん）の説く如く、武士（もののふ）必ずしも猛（もう）たらず。太平の旨酒（うまざけ）未だ醒めやらずして、祖先の余映に養われる者多かりき。

　然（しか）れども当世に伯楽（はくらく）非（あらず）ずとも名馬有り、草莽（そうもう）の内（うち）にこそ真（まこと）の武夫（もののふ）は現（あらわ）るれ」

　瑠璃（るり）玻璃（はり）真珠の麗句を連ね、

「果たして卿は如何（いかん）。千里の馬なるか。

　今ぞ天下に義を示し、己（おの）が身を立てる時ぞ。

　以て千載に名を刻（え）るべし。封侯の勲を成すは今なり」

　とぞ猛士を募りたる。

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　更に申すには、

「このような国難に際して君に聞く。

　以前から義卿先生が言っていたように、武士は必ずしも強くない。多くは先祖の武功を理由に家禄を貰っている者に過ぎないのだ。けれども今、才能を見出して取り立ててくれる人はいないけれど、優れた人々は存在する。武士ではない民衆の中からこそ、本当の武士が現れるものである。」

　宝石の様な調子のよい言葉を並べ、

「果たして君はどうなのか？　有能な人間なのかい？

　今こそ天下に大義を示し、出世するチャンスだぞ。

　そうして千年後まで残る名声を刻もう。高い位に付く手柄を立てるのは今である」

　と勇敢な男達を募っている。

　手紙はここまでだった。

　なるほど。これは単なる情報提供だ。宛先も差し出しも無い。

　仮令（たとえ）余人の手に渡っても、鬼一法眼の意図まで辿るのは難しいだろう。

　だから、必ずこれに続く文言がある。

　わしは角兵衛獅子の少年に聞いた。

「鬼一法眼（きいちほうげん）殿の口上、承りましょう」