三人の娘2

三人みたりの娘2


 破軍神社道場の奥の間。そこが三人との話し合いの場だ。


「御見苦しい所をお見せ致しました」


 わしは床柱を右に畳に座ると、訪ねて来た入門志願者女の子達に詫びを入れた。


「いえ。あのような与太者紛いの男が、子供のように……」


 口元を袖で隠して笑う十三、四の娘。俗に箸の転がるのも可笑しい年頃だ。



「私が三星一文字さんじょういちもんじ流師範の登茂恵ともえにございます。

 入門志願者と伺いましたが、皆様は?」


「はいはいはいはい!」


 一番背が低く年下の、今のわしより一つ二つは年下であろう娘が、元気良く口火を切る。


わらわは、ふゆじゃ。後生こうせいおそるべしのせい。生きると書いてふゆと読むのじゃ」


 女は仮名だけの名も多い時代なのに、漢字の名を持って居てもいみなを隠す時代なのに。敢えて字を明かした。綸子りんずと思われる鮮やかな装いと言葉から察するに、大名か旗本の姫なのだろうか?

ふゆ殿はお幾つに成られますか?」


 歳を問うと、


「八つじゃ」


 生殿は胸を張って答えた。今のわしより二つ下。つまり尋常科の一年生か。



 続いて名乗ったのはわしより少し年上のように見える娘。

 木綿の服に江戸小紋。品は良いが使い込んだ服で、内あげ部分のとの色の違いが見て取れる。


「仁義礼智忠信孝悌の信、信心の信と書いて『あき』と読みまする。

 音は母方のじじ様が選び、字は父方の爺様が与えて下さいました」


 こちらも生殿に倣いいみなを晒す。

 しかし他の二人と異なり、この娘だけは緊張しているのか、それとも警戒しているのか素を見せぬ。

 すこぶる心の虎口は固そうだ。



 そして最後は、高さ六尺の鴨居かもいからの目算で、ざっと五尺六寸(約百七十センチ)。

 この時代だと、いや前世晩年でも『エヴァ』とか『鎧の巨人』とか揶揄される大女に区分される娘が口を開いた。


「奈良の奈に、津々浦々の津と書く奈津なつだよ。

 許婚者いいなずけは居たけど、僕は御覧のようにお転婆でね。先日、家芸の馬術でこてんこてんに打ち負かしたら見事破談となった訳さ。

 下に惣領の男が居るから婿を取って家を継ぐ必要もないし、最悪出家しちまおうって思ってたらね。

 あきの奴が、君が面白いこと始めたって話を聞いてさ。僕達も受け入れてくれるよね」



 男勝りか開明的か判らぬが、この時代だと生き難い難儀な気質の御仁である。

 ついまじまじと見てしまうが、所作や帯の位置で判る彼女の手足はかなり長い。弱冠だが左腕が右より長い感じがする。


「失礼ですが、幼少より弓を嗜みまするか?」


「はい。流鏑馬の師範のだから、ちっちゃい頃からね」


 並みの修行ではこうは成らないから、弓も馬も相当の修練を積んでいるのだろう。


「家芸もそうでありますが、それ以上に奈津殿は騎兵向きにございますね」



 足が長いと言う事は、馬の腹を締め付けて足で馬にしがみ付く事が出来るし、十字に踏んで鐙の上に立てば、高い視点と足場を得ることが出来る。

 腕が長いと言う事は、同寸の得物ならばそれだけ敵に早く届くと言う事だ。

 一寸の長短が生死を分かつ事を思えば、どちらも騎兵として得難き長所だ。


 今世と前世の幕末が近しいものだと仮定して。奈津殿の体格はどうなのであろう?

 ナポレオン一世の時代、フランスの成人男性の身長は百五十六センチであったと言う資料が有る。

 だから身長では欧米列強の一般的な兵士と比べても遜色が無い。



 余談だが、ナポレオンの身長百六十七センチから百六十九センチは、チビどころか高い方だったのである。あれは、特別身体のでかい近衛兵に囲まれていた為の比較に負う事が少なくない。

 何せ彼ら親衛隊は、百七十八センチから百八十四センチと言う、現代フランス人男性の平均よりも高身長が入隊条件だった連中なのである。

 確かにそれと比べれば奈津殿は小さい。しかしわしの見る所、手足の長さがそれを補って余りある。



 そんな所見を口にすると、


「そうなんだよ。僕が男の技に長け、弟のおまきが縫物とか料理とか女の技ばかり好むんでさ。

 うちの親父ったら事ある毎に僕と弟を交互に見て、『あはれ姉弟しまいをとりかえばや』なんてぼやくんだよ」

「おまき……。それは女の名ではありませぬか!」


 思わずわしは叫んでいた。

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