第52話 騎士
オカリナ村から西に向かった草原地帯。
以前、ルリーテの
エディットの脱退騒動が落ち着きを見せた日の午後、クエストを中止としたことをこれ幸いとしてルリーテが全員に対してお願いをしたのだ。
「えーっと
「んと、物凄く強い
「称号が『
魔術に疎いセキに草原地帯に向かいながら説明を行うエステル。とても早口である。
「はい、
「それって南の『ランパーブ』の石碑に刻まれるっていう名前ですよね」
「
ルリーテが補足をするとエディットがそれに乗る。類似の術と見なしている
「う~ん。
「もしかしたら、
「うん。でも騎士とか戦士って騎士は多芸に秀でてて、戦士が一芸を突き詰めた、みたいなのは歴史的に見るとそういう傾向が強いみたいだよ? 騎乗するから~とかそういうのは後世でのお話みたい。わたしも本で読んだ程度だけど……」
思い思いの解釈を交えながら歩き詰めると目的地である草原地帯へと到着する。ここまでに話した中で正解はあるのか、全員が気になっている所でもあり到着するや否や配置へと小走りで向かう。
草原の真っ只中へルリーテが立つと、点在する岩の影へエステルとエディットがその身を隠す。
前回同様に正面にはセキが立つという配置に収まった。
「それでは早速ですが……」
ルリーテは気持ちを落ち着けその右手を突き出す。どのような術か定かではないがセキの姉が残した術である以上、胸を躍らせるなというほうが無理である。
「〈
ルリーテの詩がそよ風に乗り、束の間の静寂の後、突き出した右腕に翠色の稲妻が走ったように魔道管が浮き出てくる。
魔道管とは術を使う際に魔力が通る道であり、才能溢れる術者ほどその道の数が多くなるものだ。
普段の術を行使する程度ではこのようにはっきりと浮かび上がることはない。それがどういうことかをこの場にいる誰もが理解していなかった。
「こ……これ……は……」
まだ術じたいは発動できていない状態にもかかわらずルリーテは苦悶の表情を浮かべている。
「ルリ……! 無理はしないで! どんな効果になるかもわからないんだし!」
そのセキの言葉が届くか届かないかの刹那の時、ルリーテの右腕に浮かび上がった魔道管がより一層の輝きを放つ。
輝きに導かれるように風がルリーテを中心に足元の草共々、渦を巻くように舞い上がった。
眩い翠光が辺りを照らし出したその時、ルリーテの翠色の魔力が解き放たれる。
解き放たれた魔力が徐々に明確な輪郭を成す。
魔力が形作ったその者は髪を結った女性の姿であり、その手には刀と思われる武器さえも作られている。着色されるわけでもなく、翠色に包まれたままではあるが――
その姿、形、武器はセキの最愛の姉であるカグヤの姿そのものだった。
目の前で起こった事実に愕然としたまま身動きを忘れたセキ。
エステルとエディットも呆然と立ち尽くすだけである。
――だが、それを許さぬと言わんばかりに、ルリーテの右腕は魔道管に沿って亀裂が走りその腕が爆ぜる。
剥き出しになった骨はその形を保っていたが、肘から指先までを包んでいた肉はまるで百合の花が咲いたかのように捲れあがっていた。
「――ルリ!!」
「ルリさん……!!」
そのまま背後に倒れこむルリーテの姿を見た瞬間に、
セキが致命的な出遅れを自覚する。セキの全ての感覚があの魔力が形作ったカグヤの姿に魅入られていた故の鈍さである。
セキよりも先に駆け寄った
その翠色の剣尖は少女
(まずいッ――――)
セキが地を蹴り彼女と少女たちの間に割って入る。その手に持った小太刀で受け止めにかかった矢先、その剣尖は雷のごとく鋭角に軌道を変え、セキ自身の首元へと襲い掛かった。
(――やべェ……!)
セキのもう片方の手に握られた
カグヤの剣技そのものを誰よりも熟知しているセキだからこそ、あの状態から首元に刀身が食い込む程度で止めることができたのだ。
受け止めてなお刀身から発せられる魔力の風は猛り狂い、首元の肉を食い荒らしていたが、やがて一連の攻撃動作を終えた彼女はその姿を
◇◆
「セキもその首の傷……どうにかしないと……!」
『チピィ……』
すでに宿に戻り二時間程度が経過していた。
あの後、セキが即座にルリーテとエディットを担ぎ全速力で宿を目指し、戻るや否やエディットは小部屋の
セキたちからかなり遅れて到着したエステルも手伝いを買って出たが、エディット自身に制止され大部屋で祈る他ない状態だった。
セキの首の傷も決して浅くはないがルリーテに比べれば微々たるものであり、エディットも放っておけない視線をセキに送ったが、何よりもルリーテを優先させてほしいとセキ自身が懇願していた。
「エステルもダイフクもありがと。でも大丈夫。これくらいの傷は南でしょっちゅう経験してるから。それとエディの治療後に本格的な治療が必要だよね? 大金がかかるならおれが南に戻って狩りをして稼いでくるから」
努めて穏やかな口調で答えるセキ。意識しなければ先ほどの出来事に容易く心を乱されることが想像できていたからだ。
自前で用意していた傷止め用の葉を首元に貼りつけ手で抑えつけている。このような傷の治療は今までも自身で行ってきた経験が生きていた。
「ありえんの……たかが
「あれは……確実に姉さんの剣技だった。あの状態でおれの首がくっついてるのは日頃の行いの賜物だろうな」
剣もとい刀の技量はカグヤとセキで比べた場合、互角もしくはセキに軍配があがることは生前から両者の共通認識だった。カグヤの恐ろしさはその剣技に加えて
だが、あれほどまでに心の乱れた状態のセキでは、感情を持たぬ魔力の塊であり、その上カグヤの力量を持っていた彼女の攻撃を受け切れたことじたいが奇跡と言って差し支えない事実でもあった。
「わたしたちが不用意すぎたのはわかってる……ほんとにごめん……」
カグツチに軽口を叩いていたセキにエステルが、か細い唇を震わせて謝罪の意を示すが、
「違う。おれが動揺のあまり出遅れすぎた。
「でも――」
その時、小部屋の扉がゆっくりと開け放たれた。
そこから顔をだしたのはエディットではなくルリーテであった。その右腕は痛々しく包帯で巻かれているが腕の形を成し、指先も同様に包帯で隠されているものの手の形をしていることが伺える。
「ご心配をおかけしました……」
その姿に声を掛ける間もなく飛びつくエステルだが、セキは己を疑うかのようにその目を見開いている。
カグツチとチピもルリーテの足元に集い安堵の吐息を漏らしていた。
「
「いえ、エディそれは違います。貴方がいくら
温かい安らぎの空気が
「――え、ちょっと待って。なんであの腕が詩なしで治るの……?」
その空気を台無しにする男に一同の視線が集まった。カグツチもルリーテの腕をまじまじと眺めて同じことを呟く寸前であったが、この空気を察しエステルたちに便乗することを決意していた。
「あ、そっか……セキはクヌガさんが隠し通しちゃったから腕のことを知らなかったんだよね」
「隠すって……クヌガさんの漁師らしい腕くらいちゃんと覚えてるけど……」
「いえ……あのセキ様。クヌガ様は過去に右腕の肉を魔獣に食いちぎられてしまっていたんです」
「うん。それでその治療をしたのがエディでその時に結構クヌガさん失礼なこと言ったみたいで掘り返さないでくれって……ね?」
セキは探知を行えない分、目による索敵が得意だ。それは同時に観察眼にも直結する。
そしてそれを行っていない傷跡ならば特に口には出さずともセキは気が付き、見分けを付けることなど容易であるはずだった。
あれだけクヌガに絡まれてなお、セキが気が付かないほどの治療を詩を行使せずに行ったエディットにセキは驚愕を覚えていた。
「はい……当初はかなりな言われようでした……飲み薬のほうに辛味の香辛料を混ぜようかと思っていたくらいです」
エディットが頬を膨らませながら当時の思いをはき出す。エステルとルリーテもエディットの治療薬の効果は、
「あとセキさんそれ
「……はい」
セキはカグヤとの旅や
親代わりの
だが、セキはここでエディットの治療に対して文句を言うのは止めよう、改めてそう心に誓いを立てることとなった。
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