第13話 枯れた向日葵

「なんだか思ってたより長い間、見入っちゃったね」

「はい……こうやってはっきりと成果の形がわかるというのも、なんだか感慨深いものですね……」

「うん……こうやって一歩ずつでも認められて行けば、わたしのことでお母さんが苦労することだって……」

わたしも快く送り出してくれた恩に少しずつでも、報いていきたいです!」


 報告所を後にしたふたりは一度支度を整えるべく宿に向かっていた。その足取りは見るからに軽く町の喧騒の中を軽快に進んでいた。


「うん! そういってもらえてお母さんもきっと喜ぶよっ……! そ、それでね……さっきのクエストで結構報酬が出たでしょ?」

「――はい、エステル様の言いたいこと、わたしも考えていました。ステア様に少し送金を?」

「う、うん……いいかな……?」

「ぜひそうしましょう! ラゴス様の紹介所経由で送金させてもらえば報告も兼ねられますから!」

「うん! ありがとう……ルリ」

「いえ、そんな水臭いことを……! 後で先ほどの報告所から手続きをさせてもらいましょう!」


 エステルが提案しようとしたことを既に考え、笑顔で同意をしてくれるルリーテに自然と自身の心まで温かくなる。

 ――宿の部屋に到着すると、着替えとガジュマルへの水やりを済ませ再度出掛ける身支度を整える。


「まずは紹介所で送金手続きをして、その後に……エディットさんを……」

「はい、それが良いと思います。何か紹介所で聞けることがあるかもしれませんし……」

「何もなければいいんだけど……」


 エディットの話を出すや否や先ほどまでの気持ちは一変し、奇妙な胸騒ぎをふたりはお互いに感じているが、そのことを口に出すことはしなかった。

 紹介所までの道のりでもふたりはエディットの姿を探すように辺りを見回しながら向かっていたが、姿を見つけることは叶わなかった。

 紹介所に併設されている施設で当初の目的である送金手続きを終えるとふたりは紹介所の受付カウンターへと足を向ける。


「申し訳ございませんが、他の探求士の情報は基本的に未公開となっております。その情報を悪用する方も少なくないため、何卒、ご了承ください」


 紹介所の受付カウンターでエディットたちのことを訪ねたが返事は今の通りであった。エディット以外とのパーティメンバーとも面識は皆無なため、怪しいと言われればそれまでである。

 ふたりはさらに紹介所に併設してある酒場へと足を運び、ふたりがけの木円卓テーブルを見つけるとそこで腰を下ろし気を取り直して話し合いを行うことに決める。


「はぁ……まぁ普通に考えて教えてもらえるわけないよね~……」


 片手に持ったグラスを揺らしながらエステルは肩を落としながら大きめのため息をつく。


「そうですね、たしかに考えてみるとわたしたちの情報も見知らぬ方に公開されてたら怖いですからね……」


 視線を落としながらうつむき加減に答えるルリーテ。親しいとはまだまだ呼べない間柄ではあるが、あのパーティメンバーの雰囲気はただごとではないと胸騒ぎが教えてくれている。

 結果、余計なお世話であったなら素直に謝罪を行い、思い過ごしであったことを安堵できれば良いと考えていた。


「うん、たしかに……。たしかエディットさんの話だとこの町で半年くらい滞在してるって言ってたし、知っている探求士とかもいるんじゃないかな……」

「そんなに長く滞在されているのなら宿や住居の情報を聞けるかもしれませんね……」

「うん! よし、それじゃちょっと宿とかを回って聞き込みをしてみよう!」

「はい! ここの酒場も探求士が多くいますし、夕方の報告が多い時にきて聞くのも有効そうですね」


 方針が定まることにより陰っていた表情に一筋の光明が差す。早速その場で酒場の探求士に聞いてみるも状況を知る者はおらずふたりは宿回りをすることに決める。

 大小様々な宿が存在するため、今日中に全てを回ることはできないと思ったふたりは比較的小さめの宿から聞きこみを行うことにしたが、エディットを知る者に出会うことはできずに自身の宿に戻ることとなった。


 翌日もクエストは受けず、宿巡りに精を出していた矢先――


「あっ……! あの小鳥!」


 エステルがふいに見上げた空に白く小さな鳥が目に止まる。


「あれはエディット様の……? たしかに似ているように見えますね……追いかけてみましょう!」


 ふたりは雑踏の中、小鳥チピを見失わぬよう追いかける。その行く先は見知った道であるがゆえに追いかけるふたりもなんとか付いて行くことができていた。

 小鳥チピが高度を下げて行く先、そこはふたりが宿泊している宿の別の小屋だった。

 この宿は土地の中に大小様々な小屋を配置し、その小屋を利用して宿泊する仕組みになっている。短期の宿泊というよりは、腰を据えるような探求士たちに利用されることが多い。

 その中で中規模の小屋の中へ小鳥チピが入っていくことを確認する。


「まさかとは思うけど、小屋は違うけど宿は一緒だったり……」


 エステルが軽く息を乱しながら膝に手をつき、小鳥チピの入っていった小屋を見つめる。


「最初に確認するべきだったかもしれませんね……自分たちの宿なので逆に気にしていませんでした……」

「そうだよね……でもまだ当たりかはわからないしね……行ってみよう」


 息を整え小屋に歩み寄る。エステルが手を胸に当てながら深呼吸しドアを遠慮がちにノックする。外からの雰囲気では特に物音等も聞こえず。


「入っていったのは見えたけど、エディットさんが不在だったり……」


 エステルはもう一度、今度は少し強めに扉を叩いてみる。

 すると、ドアがゆっくりと開き隙間から少女が顔を覗かせる。それはふたりが探していた少女、エディットだった。


「どちら様でしょう……あ――」


 エディットはふたりを認識するとみるみる表情が強張っていく。


「な、何か御用でしょうか……」


 扉をそれ以上開こうともせず目を伏せながら要件を訪ねてくるエディットの姿にいつもの眩しい笑顔は欠片も感じられない。


「あ、えっと……用ってほどじゃなかったんですけど……エディットさんのパーティの方たちを見かけて……それでエディットさんの姿がなかったから、怪我とか何かあったんじゃないかと思って……」


 今までからは考えられないエディットの対応にエステルは思わず気押されてしまう。声を振り絞り、来た理由を伝えるとエディットの瞳はさらに力を失ったかのように虚ろな色を見せる。


「怪我とかしてるわけじゃありません。ご心配ありがとうございます。それと……ワッツさんたちは、もうあたしには……関係のないことなので……」


 突き放すような言葉を言い残しエディットは隙間から覗かせていた顔を引っ込めて扉を閉じてしまう。


「えっ? ちょっと! エディットさん! それどういうことですか!」


 その言葉に驚きを隠せないエステルは扉が閉められた後も、何度も何度も扉を叩きエディットの名を叫ぶ。

 だが、反応はなくエステルの出すノックの音と声が虚しく青空の元に響くだけであった。諦めきれないエステルが扉を叩き続けていると近くの小屋に宿泊している適受種ヒューマンの女性が顔を出す。


「あんたたちも何かあったのかい? やけに切羽詰まったような雰囲気だけど」


 年齢は二十代中盤ほど、髪はショートカットの茶髪に軽鎧ライトアーマーを纏った女性がふたりに向かって歩いてくる。


「えっと、ここの方と知り合いで……」


 どう説明すればいいのか困りながらルリーテが話しかけようとすると、『知り合い』という言葉に反応した女性が口を開く。

 

「やっぱり、そうだったのかい……昨日の今日だから、まだ気持ちの整理もできていないんだろう……大目に見てあげなよ……」


 その言葉は明らかに事情を知っているという話し方だ。ルリーテは女性に歩み寄り目を真っすぐに見据えて質問をする。


「あの、わたしたち今の状況というか事情が分からないんです……それであの……差し支えなければ教えて頂けませんか……?」


 先のエステルの行動も見ていた女性は少しばつが悪そうに頭をかいているが、それは面倒というよりも話していいものかと悩んでいる様子だ。


「ん~私たちは隣の小屋に泊まってるからさ、たまたまそのやりとりを見ちゃっただけなんだよね……ちょっとここで話すのもあれだから……私の小屋。ちょっとこれるかい? 私以外のメンバーは今、クエスト準備と装備補強であちこちに散らばってて今は私ひとりだから安心してくれていい」


 女性は親指で背後の小屋を指差しながらふたりに招待の声かけを行う。


「はい、お手間を取らせて申し訳ないですが……お邪魔させてもらいます」


 女性の後に続き小屋へと入る。こちらもかなり長く滞在していることが伺えるような生活感溢れる室内となっている。

 広めのリビングスペースの長椅子ソファーに案内され腰かけると、女性は台所キッチンで紅石茶をティーカップに注ぎふたりの前に置き、木角卓テーブルを挟み対面の長椅子ソファーへと腰を下ろす。


「えっとどこから話したかものかな……まず私は『キーマ』。よろしくと言うのもおかしいかもしれないけど、これも何かの縁というのかな……」

「あ、わたしはエステルと言います」

わたしはルリーテです。こちらこそいきなりのお願いを聞いて頂き、ありがとうございます」


 お互いが頭を下げあうとキーマは困ったかのように口元を手で隠すように擦っている。話始める手掛かりを整理すると背中を預けていた長椅子ソファーから、姿勢を前のめりに出しふたりを見据えた。


「おふたりさんがどれくらいの関係かは分からないけどね。わざわざ訪ねていくくらいだ。たまたま私が知ったくらいの内容はまぁ……知ってもいいだろうって思う」


 エステルとルリーテの顔を交互に見ながら、木角卓テーブルの上で指を絡めている手は落ち着きがなさそうにそわそわと動いている。

 その手の動きが止まるとキーマは決意をしたかのように次の言葉を紡いだ。


「まず結論から言っちゃうね? さっきのあの子はパーティから外されちゃったみたいなんだ」

「な――」


 しばしの静寂がこの小屋一帯を包み込む。

 目を見開くエステルに対してルリーテは口元まで出かけた言葉を飲み込み、口を一文字に結び歯を噛みしめている。膝の上に置いているルリーテの手はそれでも溢れる何かを抑えようとしているのか小刻みに震えていた。


「正直な話、別に険悪な状態だったとか、そういうことは私が知っている限りなかったと思うんだけどね……」


 キーマもふたりの表情から察しており自身の目のやり場に困るかのように、視線をふたりの背後や天井へと移し落ち着かない様子が伺える。


「小屋の中でやってくれれば、私も見過ごしてたんだろうけどさ……さっきあんたらがいた扉のとこでそのやりとりをしてたもんでねぇ……私も、つい……ね」


 聞いたことを後悔しているかのように力なく片目を閉じるキーマ。対するふたりは黙って相槌を打ちキーマを見入っている。


「理由がね、あの子癒術士なんだけどさ……なんだか精選に向けて高ランクの受精種エルフをパーティに迎え入れるから外れてくれって……」


 瞳に熱い何かがこみ上げるエステル。ルリーテは頭に熱い何かがこみ上げたかのように歯を食いしばる。すでにルリーテの握りしめた手は自分自身で感覚を失うほどに力が込められていた。


「あの子もあの子で性格がいいというかなんというかさ……受け入れちゃって、しかも『今までこんなあたしとパーティを組んでくれて、ありがとうございました』ってさ……最後の餞別なのか知らないけどあの子のお手製の回復薬も渡そうとしてね……」


 ルリーテはすでに黙って下を向き自分の震える手を凝視することでしかこの場のやり過ごし方が分からない。


「そしたらだよ? あいつらその渡そうとした回復薬を手で払いのけて『そんな薬に頼ることもなくなるってことだよ』だってさ……地面に転がる回復薬を見たら、もう私それ以上見てられなくてさ……」


 語っているキーマ自身も口にすることで涙をこらえきれなくなっており、エステルは言葉を失っている。

 だが――


「――仲間をなんだと思ってるんですか!!」


 立ち上がり木角卓テーブルに力の限り両の拳を叩きつけるルリーテ。ティーカップは倒れ、口をつけることもなかった紅石茶がゆらゆらと流れていく。


「ルリ! ごめんなさいキーマさん……」

「あっ……わ、わたし……ごめんなさい!」


 ルリーテの行動に我に返ったエステルはルリーテを諫めるような声をあげると同時にキーマへの謝罪を行う。ルリーテも自身の行動を恥じるように立ったまま深々と頭を下げる。


「いや、いいのよ……むしろルリーテちゃんの反応こそ私は一番正しいと思う……なんなのよあいつら……精選が大事なのはわかるわよ。でも……もっと大事なもの分かってないんじゃないの?」

「ランクでしか相手を判別できないどうしょうもないやつらってことですよね……たまたまこの時期だから高ランクの癒術士を仲間にできて自分たちがすごいとでも勘違いしてしまったのでしょうね」


 キーマの言葉に同意の声をあげるルリーテはいつになく言葉に棘を含ませている。実際こうでもしなければやり場のない怒りのはけ口を見つけられないのだ。


「なんだかなぁって感じよね……ほんの数日前にさ……武具屋で明らかに盾術士用じゃない後衛用の盾を買ってたのを見かけてたのよ……それ結局その受精種エルフ用ってことだったってことよね……」

「その受精種エルフに取り入るための手土産ってことですよ……」

「で、でも……なんでパーティは東のアルトに向かっていたのかな……精選に備えるなら中央付近の『フルート』や『リコダ』に向かったほうがよさそうなのに……」


 言葉の節々で怒りの末端を見せながら盾の話をするふたりをよそにエステルはパーティがそろってアルトに向かった理由を考えていた。

 まだ直前ではないとはいえ、わざわざ精選の地から遠ざかる必要もないのでは、と。


「大方、誰かの倉庫とか荷物がアルト方面にあったんじゃないのかい? うちらもオカリナを拠点にしているとはいえ周辺の町の倉庫を借りて予備装備や緊急用の食料を保管してるしね」

「あっ……そうか……たしかに……わたしたちもアルトに備えておけばこの前のクエストの時も……」


 キーマの言葉に深く頷くエステル。クエストの準備とは手持ちの荷物だけではなくその他の場所に備えておくこともクエスト成功率を上げるための要因として納得できるものだった。

 クヌガたちも自宅とは別に緊急用の避難所を漁師仲間と共同で建て有事の際に利用していたこともエステルの脳裏をよぎったことも納得のいった一つの理由になっていた。


「それなら、やっぱり後は……エディットさんのこと……お節介なのはわかってるけど……わたしは放っておくことはできない……かな」

「はい……パーティが違うとはいえ、そんな事情を聞いたら、何か力になりたいです……」


 自身の心を決めるかのようにぽつりと呟いたエステルにルリーテも同意の声を挙げる。そのふたりのやりとりを見ていたキーマは悩むふたりへの助言アドバイスとばかりに声をかける。


「ん~……うちはちょっと所帯が大きいからあれなんだけどさ……どう転ぶかはふたりしだい。どうだい、あの子と臨時パーティを組んでお互いを知るってのは?」


 その提案にふたりはうつむき気味だった顔を上げキーマの顔を見つめる。

 『臨時パーティ』とはエステルとルリーテのように固定された常にいるメンバーとは異なる別のメンバーとパーティを組みクエストを行うことを指している。

 主な目的としては固定メンバーでは戦力が足りないようなクエストを行う時や、クエストに対する適正なメンバーが不足している時に活用され、それがきっかけでパーティ間の交流が始まることもある。もちろんその逆に溝が深まる場合も多々あるが。


「知り合って日が浅い。パーティが違う。でも……放っておけないなら行動してみるのが一番さね。私たちは探求士……いつ何があるかわからないんだ。

 結果としてそれが悪意なく相手にとって迷惑になってしまうかもしれない。でも、救いにもなるかもしれないんだしね……まぁさっきの様子だと誘うことじたい、一苦労だろうけどねぇ……」


 キーマは長椅子ソファーに背中を預けるようにもたれ掛かりながら、視線を天井に向けながらそう呟いた。


「たしかにそうかもしれないですけど……でも、せっかくの縁をこんな形で終わりにしたくないです。だからキーマさんの言う通り行動してみたいと思います……!」

わたしも賛成です! ひとりで塞ぎ込みたい気持ちもわかりますし、そういう時間もあっていいと思ってはいますが……誰かに話したり愚痴を言ったり……そういうことでも気が楽になることってあると思いますから!」


 エステルはキーマの眼を真っすぐに見据え自分の今の胸の内を言葉に乗せ、行動に移る決意を固める。それにルリーテも続き、そんな素直なふたりを見つめるキーマの眼差しはとても穏やかなものになっており、うれしさの表れなのか口角もやや釣り上がっているように見えた。


「なんだかいいね……あんたたちはとても真っすぐだ……冒険慣れしてないからこそなのかもしれないけど、危ういなって思うと同時にとても眩しいよ……」


 余計なお節介は自分のパーティばかりか、回りのパーティにも被害を出す恐れがある。それはキーマが今までの冒険で経験してきた苦い思い出だ。だからどうしても慎重にならざるを得ない。

 でも、どう転ぶかはその者たち次第なのだからこそ今はふたりに無粋な口出しはすべきではない、そう考えていた。


「いきなりお邪魔する形になっちゃったのにご親切にありがとうございました! まずはエディットさんを誘ってみます! きっと今のままじゃいけないと思うんです!」


 エステルは椅子から腰を上げキーマに頭を下げる。それを見たキーマは口角の上がった口元のまま、ゆっくりと頷く。


「ああ……あんたたちの行動に期待してるよ!」

「はいっ!」


 キーマの激励の言葉を受けふたり一緒に力強い返事を返す。見送られながら部屋を後にするその姿はクエストに向かう時のように前に進もうとする活力が漲る頼もしい姿に見えた――

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