第14話 温もりという名の光

「さっきの態度は良くなかったな……何してるんだろ……あたし……」


 入口の扉にもたれ掛かり、先ほどのやり取りを思い返しますます自分に嫌気が差す少女。その肩には主の元気の無さを心配しているかのように寄り添う小鳥がとまっている。


「ごめんねチピ。今日のお散歩ひとりで行かせちゃったね……」

『チピィ……』


 謝罪するかのように指先で小鳥チピの首元を撫でる。既に共に冒険をした仲間たちはおらず、長年連れ添った相棒である小鳥チピとふたりとなってしまった部屋を見渡す。


「何をするにせよ、あたしたちだけじゃ広すぎだよね……別の宿……うん、思い切って町も移ろうか……それにあたしたちだけなら、宿じゃなくてもいいかな……星の下で寝るのは慣れてるし……」


 仲間たちと共に過ごした部屋を見渡すだけで、どうしてもあの楽しかった日々が蘇ってしまう。思い出として仕舞っておくことは良くても、引きずっているわけにはいかない。


「うん……大丈夫……探求士として冒険を諦めるわけじゃないから……快く送り出してくれたお婆ちゃんたちに胸を張って報告できるように頑張るから……明日、区切りとしてこの町で最後のクエストに行こう……あたしひとりだけじゃ受けられるクエストなんてあるかわからないけどね……」


 ぽつり、またぽつりと力無く呟くその言葉を、白い小鳥はさえずることもなく、ただそっと寄り添って聞いていた――


◇◆

「何のクエストに誘おうか……」


 ふたりはクエスト紹介所内に設置されている壁の前で依頼書を見上げながら思考していた。このクエスト紹介所内に設置されている受注所という場所には壁一面に依頼書が張り付けてあり探求士たちはそれを自身の目で確認しクエストを選択するのである。


「お互い連携も何もあったものはでないですし、できれば討伐系よりも採取系のほうが……」

「うん。それなら巨蜘蛛ジャイアントスパイダーの糸集め。これならある程度戦闘はするにしても、基本は採取だし。それとこの前エディットさん討伐クエスト受けてたから事前知識あるし……」


 無事に発芽ジェルミ級に昇級したからと言ってクエストの難易度は下がるわけではない。今ふたりがエディットに対して知っている情報は『癒術士』ということだけ。

 ならば、まずはふたりだけでも比較的安全に達成できるクエストを選択するべきだ、と決めていた。エディット自身と相談しながら決めたいのが本音だが、手伝ってほしい、という名目でお願いするほうが幾分誘いやすいのではないか、という考えあってのことだった。


「うん、これに決めよう……出発は明日! 今日帰りにエディットさんの所にそのこと伝えに行ってみるよ……!」

「あの様子でどこまでお話しを聞いて頂けるかが不安ですが……頑張って誘ってみましょう……!」


 ふたりは受注じたいは保留にしておき特に受付に行くことはせず、その足で自身の宿に向かう。エディットもそこの宿に泊まっているので都合が良いといえば都合が良い。

 改めてエディットの泊まる小屋の前に到着する。エステルはゆっくりと扉に近づき右手で扉をノックする。


「あ、あの……エステルです。あの……昼間はごめんなさい……それで、あの……今フリーなら、良かったら私たちのクエストのお手伝いをお願いしたくて来ました……」


 どこからどう聞いても、取って付けた理由にしか聞こえないが、今ふたりが考えられるエディットに対しての行動はこのような形でしか実行に移せなかったのだ。

 朝のひと時の会話だけでなく、もっと行動や会話を積み重ねていれば何か別の手段もあっただろうが、今それを悔やんでいても仕方がない。


「えっと、クエストは『巨蜘蛛ジャイアントスパイダーの糸の採取』なんです。わたしたちまだ出合ったことのない魔獣なので、一緒にクエストをして、助言アドバイスとかもらえたらって……」


 扉の向こう側からは物音一つ聞こえない状態である。明かりも外には漏れていないようで、もしかしたら本当にいないのかもしれない、とエステルは思い始めていた。


 ――だが、エディットは座って扉に背中を預けたままじっとその言葉を聞いていた。


(どうして……少し前に知り合っただけのあたしにここまで……)


 正直な気持ちを言えばこうやって気に掛けてくれること自体がお礼を言いたくなるほどうれしい。でも、今までそうやって気に掛けてくれていた仲間との別れはあまりにも唐突過ぎた。だから素直にその好意に甘えることに少し抵抗があるというのも、エディット自身の本音なのだ。

 騙したり嘲笑う必要があるほどの仲でもないことが逆に信頼できる要因になりえるが、それでも甘える勇気を持つことは――


『チピピピッ!! チピィー!!』


 そんなエディットの気持ちを後押ししようとしているのか。チピが扉に向かって鳴きその嘴で何度も扉を突き始める。


「えっ! チピッ……!! ちょっと何をして――」


 その瞬間に扉が開きもたれ掛かっていたエディットはそのまま仰向きに倒れこんでしまう。そこには扉を開いたエステルが少し焦った様子で佇み、エディットの姿を見て安堵の表情に変わる様が見てとれた。


「あっ……えっと……チピちゃんの鳴き声と扉を突く音が聞こえて中で何かあったんじゃないかと思って……」


 仰向けのままエステルを見つめるエディットに少し気まずそうに声をかける。


「あっ……いえ……そんなことはなかったのですが……お見苦しい所を……」


 ふたりの間の空気はどう好意的に解釈をしても、張り詰めているという他ない。だが――


「エディット様、クエスト……行きましょう……!!」


 仰向けのままのエディットの顔を覗きこむようにルリーテ自身も両手両膝を付き、顔を近づけてクエストの勧誘を行う。


「話聞いてしまいました、ごめんなさい……! でも、あんなやつらのことでいつまでもエディット様が落ち込んでるなんて許せないんです! だから……行きましょう!」


 エディットは当然ながらエステルも突然の行動に固まっている。ルリーテはいつも一歩引いて控えめに物事を見ることが多くこんなルリーテを見るのはエステル自身も初めてだからだ。

 パーティから外れひとりとなったエディットにかつての自分を重ねてしまっているのかもしれない、エステルはそう感じていた。


「あ、あの……お気持ちはうれしいですが……やっぱりあたしは――」

『チピピッ!! チッピッーー!!』


 ルリーテの勢いも虚しく空振りに終わろうとしたその時、意思を受け継いだかのようにチピがエディットの口の上に着地する。

 羽をバタつかせた後に作ったその形は丸。エディットに変わり返事をするその姿は、ショックから立ち直れず頭の整理が追い付かない主へのせめてもの後押しなのだろう。


「――チピッ!! 何をしてるの!」


 口を塞いでいたチピを両手で掴みながら上体を起こしチピに怒ろうとするも、チピはエディットを真っすぐ見つめて視線を外そうとしない。

 その姿にエディットはそれ以上の言葉を紡ぐことができず――


「あ、あのエディットさん……パーティのことや、いきなりの誘いで混乱してると思います……でも、誰かに話したり、誰かといたり、きっとそういう気持ちの落ち着け方もいいんじゃないかって……」


 側により膝を地に付け、エディットの気持ちを落ち着けるように語り掛ける。必死に言葉を探すエステルの表情をじっと見つめるエディットは――


「あの……どうしてそこまで……真剣に……」


 見つめてくるエディットから目を背けずに――だが少し照れくさそうにエステルはほがらかな笑みを持ってこう答える。


「きっと……わたしにとって村の外に出て、初めてできた友達だからだと思います。なんだかわたしのほうが勝手にそう思っちゃってるだけなんですけどね……」

「あ……えっ……」


 誠実な答えを示されたエディットは塞ぎこんでいた心に驚きと温もりという名の光がはっきりと注がれてくることを感じ、かえって言葉が詰まってしまう。


「なので、友達同士もっとお互いを知るためにクエストに行きましょう」


 上体を起こしたエディットの頭越しに覗きこみ誘いを続けるルリーテ。エステルに比べると今日は強引さが目立つが、その気持ちは傷ついたエディットの心に優しく溶け込んでくる。


「え、えと……」


 返答に詰まるエディットにエステルは告げる。


「色々唐突過ぎましたよね……? 今すぐに返事を出さなくても大丈夫です。明日の朝クエストに行く前にもう一度来ます。その時にお返事ください」


 伝えたいことは伝えられたと感じたエステルは、それも含めてエディットに気持ちの整理をしてほしいと願い、今日の誘いを切り上げることに決めた。

 何よりルリーテが思っている以上に押しが強く、そのうち無理やり連れだしてしまいそう、という不安が新たに芽生えていたこともここで切り上げるという決断に一役買っていたが。


「は、はい……わかりました……」


 返事と共に起き上がり、扉に向かい、そこでふたりを振り返る。


「えっと……明日ちゃんとお返事はします……そ、それじゃ、おやすみなさい」

「はい……それじゃ今日の所は戻ろう、ルリ。それじゃエディットさん、おやすみなさい」

「もうひと押ししたいところですが……それは明日にしておきましょう……では、思い詰めずにというのは難しいかもしれませんが、お体を休めてください」


 最後に軽くお辞儀をしながらゆっくりと扉が閉まる。それを見届けるとふたりも自分たちの部屋へ歩き出す。

 明日にならなければ結果はわからないが少なくとも今日こうやって誘ったことに後悔はない。エディットからしてみれば災難かもしれない。だが時間が癒してくれるのを待つのももどかしいならば、多少強引にでも連れ出して塞ぎこんだ気持ちを吹き飛ばせればいい。

 ふたりの気持ちがエディットに伝わっていることは確かなのだから――

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