第15話 新パーティ

「行ってきまーす……」


 翌日、日課である朝の特訓にこっそりと向かうエステル。エディットが来てくれるかもわからず、わだかまりが残るもそれは日々の修練をやらない理由にはならない。


(わたしがエディットさんの立場だったら……素直に受け入れられるかな)


 特訓の場へと歩を進め、ぼんやりと考えながら空を見上げる。光の差し始める空は神秘的な雰囲気と何かが始まるかもしれない、という期待感を演出しておりエステルの気持ちを自然と奮い立たせてくれる。

 緩んでいた歩調がしだいと早まっていく。エステルの気持ちを代弁しているかのように。


(うん、まずは気持ちを切り替えて特訓をしよう)


 草原に着くと自然と気持ちも引き締まり、その思いを詩に乗せるかのように詠む。章術士を目指してから長年連れ添った『サテラ』とついこの前発現できた『プラネ』を交互に発現しては岩に向かい術を発動する。

 特訓最中のエステルは木々のざわめきや時間の経過も忘れ、術の反復にその集中力全てを費やしている。

 だから、それに気が付いたのは特訓を終えて帰路に就こうとしたその時だった。


「あ、エディット……さん?」


 思わず帰路につくその足を止め、その先に佇むエディットに声をかける。


「あ、あの……おはようございます……」


 その声に反応するかのように挨拶を返しながら、小さな頭を軽く下げている。


「お、おはようございますっ……! あの――」


 エステルが挨拶を返そうとした矢先、エディットは悩み抜いた結論をその小さな体を震わせながらも勇気を持って言葉にした。


「き……昨日ほんとに驚きました……で、でも……あんな風に言ってくれてうれしくて……」


 恥ずかしそうに俯きながらも、いつもの歯切れのいい口調でなくとも、エディットが偽りのない気持ちを伝えようとしている。エステルはその姿を見据えながらその言葉一つ一つを受け止めようと真っすぐ見つめている。


「だから……あのクエスト……一緒に……行きたいと思ってます……でも……それならちゃんとエステルさんたちに言わないといけないことがあって……」


 腹部あたりで握っているエディットの拳は勇気を奮い立たせるかのように強く……とても強く握りしめられている。


「はい……まだまだ知らないことばっかりなわたしたちですもんね? でも、無理にとは言いません。実はわたしにも言いにくいことありますし……」

「あ、えっと……生い立ちや今までのこととか……そういうことではないんです。それは一緒にいる中で伝えていくものですし……でもあたしが言いたいのは……一緒にクエスト行くならとても重要なことで……」


 より一層握っている拳に力が入る様が見ているだけで伝わってくる。その姿をエステルは目を逸らすことなく見つめ続ける。


「あの……あたし癒術士って言ってますけど……あたし……治癒術が……あの『癒しラティア』を覚えていなくて……あたしの治癒は、薬草を煎じたりする薬学中心なんです……詩として発動できないから戦闘で使うにはとても不便で……」


 エステルはキーマの言葉を思い出す。それはエディットがパーティから追放されたやりとりのだ。

 『そんな薬に頼ることもなくなるってことだよ』、あの言葉はエディットの心に楔として打ち込まれるには十分な言葉だったのだろう。

 薬草による回復は基本的に一時しのぎ的な役割が強い。なぜなら、癒しの魔術と違い傷口そのものをその場で塞いだりすることができないからだ。

 戦闘を終えてからの体力回復や魔力回復を図るために利用することはもちろんあるが、戦闘中に迅速な治癒が求められる場合は治癒魔術を使うということが一般的となっているというのが現状だ。


「あたし……放出系は詠めるのですが……ルリーテさん魔術士なんですよね……だから、一緒に行ってもらっても……お役に立てるかが……」


 エディットの心配はパーティ構成としてもっともな心配だった。目的に特化したパーティとして編成するならば、同じ職を被らせるような組み合わせとなることもあるが、基本的に少数パーティの場合、役割分担を明確にするために職を被らせるような組み合わせは避ける傾向にある。


 気持ちを伝えて俯いたままのエディット。そしてエディットに向かって歩き出すエステル。自身の膝に手をつきながら、震えるエディットに顔を寄せると、俯いていたエディットもおずおずとエステルの瞳を見つめ返す。


「はい……一緒にクエストをする上で考慮する点ということですよね……? わたしたちの戦闘についてもエディットさんに説明しないといけませんから、一緒にルリの所にいきましょう」

「――っ!」

『チピィーピ!』


 クエストはたしかにエステルとルリーテのふたりでもきっとどうにかできるものを考慮していることはたしかだ。だが、エディットがエステルたちのことを案じて勇気を持って告げてくれた以上、それがどんなことであれ、受け入れてお互いにとっての一歩を踏み出そうと決めていたこともまた事実だ。

 彼女に自然のままに受け止めてもらえた事実がエディットの向日葵のような笑顔を取り戻させている。

 ずっと黙って聞いていた小鳥チピも同意を示すかのように元気よく鳴き声を上げている。

 だからエステルは迷いなくエディットの思いを受け止めることができる。ふたりはしばらく見つめ合うと自然と頬が緩み、何を言わずともルリーテの待つ小屋へと歩き始めていた――



◇◆

「えっと……たぶん、エディットさんの泊まっている所よりずっと安いというか狭いというか……ふたりだからこれくらいでいいかなというか……」


 エディットを連れて、小屋の前に着いたエステルが先ほどまでの安らぎに満ちた口調から一変し、俯き加減にエディットに説明をしている。

 恐らくエディットたちが使っていた小屋はキーマと話す際に利用した小屋と同程度の物だとエステルは認識している。それが自分たちの利用している小屋の五倍以上の広さということも認識している。そして何より、宿の店主にあそこは基本単独ソロ志向の探求士が利用するものだと言われたことももちろん忘れてはいない。


「え、えっと別に来たばかりの頃は、あたしたちもぎゅうぎゅう詰めで宿を使っていたので……そんな気にしなくても……」

『チピ~……』


 立場は入れ替わりいつの間にか、エステルのフォローに回っているエディット。この帰路の際にも軽く世間話をしながら歩いてきたが、昨日のルリーテの押しの強さの話などを笑いながら語り合っているうちに少しずつではあるが、ぎこちなさも和らいでいた。

 チピは獣特有の素直さが滲み出ているのか、羽をうな垂れるように下ろしており狭い宿は嫌だ、ということをひとり頑張って主張している様子である。


「じゃ、じゃあ入りましょう……」


 そう言ってエステルが扉を開き中を見るとルリーテが朝食の支度を進めている。


「ルリ、ただいまー!」

「はい、お帰りなさいエステル様、今日も特訓に熱が入ってしまったのですか?」

「あの……おはようございます……」

『チピ~~~!』


 ルリーテがエステルを見ると、その肩口あたりから怯えながら遠慮がちに顔を出すエディットを視界に収める。

 チピは物怖じせずにその羽を上げ挨拶の意を示している。


「さすがです、エステル様……逃げられる前に寝起きを確保されに行ったんですね。 その様子だとチピ様も協力してくれたのでしょうか?」


 昨日からどうもルリーテは思考が物騒になっているようだ。


「ち、違うってば! えっと特訓してたらエディットさんも決心してくれたことを伝えに来てくれて……それでちょっと遅くなっちゃっただけだってば!」


 ふと気が付くとルリーテが目の前におりエディットの両手を握りしめる。


「エディット様……よくぞ決心してくれました……もうあんな男どものことは忘れて一緒に名を挙げていきましょう……!」


 とても真っすぐな瞳でエディットを見ているが、そもそも臨時的なパーティということさえルリーテは過去のものとしようとしている様子が伺える。

 しかし、そんな真っすぐな言葉と態度はエディットの淀んでいた気持ちを押し流し、胸に暖かさが宿る。

 ルリーテは遠慮がちなエディットの分も朝食を追加で作ると狭い部屋で三名で食卓を囲む形となった。エステルが先ほどの事情を説明しようとするが、エディットが自身の口からということで、治癒術が使えないということも伝え、ルリーテもエステル同様にそれを気にする様子を見せること等なかった――


「――はい、なので、薬草はあたしのほうで準備をします。それと基本戦闘は、体術と放出系、中心属性は『火』です。火だけは今は『中位ライザ級』まで詠むことが可能です。あと補足ですが――」


 エディットが自身の役割、得意、不得意を切り分けた上でふたりに告げている。見た目とのギャップに戸惑うほどにエディットからは流暢な説明が止め処なく発信され、注意点なども最後に補足されていた。エステルは初めてあった際にも感じたことであるが戸惑いや物怖じさを感じさせない場慣れした対応に舌を巻いている。


(時々すごいお姉さんに感じるのはわたしのひととの交流経験不足かなぁ……見習わなくちゃ……)


 そんなことをエステルが考えていると、心なしか先ほどまでエディットが合流して輝かせていた半眼が虚無の色合いを示し、挙動が目に見えるほど浮かれていたはずのルリーテが肩身が狭そうに表情も淀んでいる。

 が、エステルは気がついていない。

 チピは話し合いの邪魔にならないように窓辺のガジュマルの苗木と共に日向ぼっこに興じている様子だ。


「えっ! エディットさん中位ライザ級も使えるんですか?」

「は、はい……で、でもあたしパーティに入ったタイミングが遅いので、探求士級は『種子ペルマ級』なんです……それに象徴詩も覚えていないので……」

「すごい……級なんてわたしたちも『発芽ジェルミ級』になりたてですし……その中で中位ライザ級も詠めるなんて頼りになります!」

「そ、そんな……まだ詠めるようになったばかりなので……」


 エステルとエディットが会話を紡ぐ中、ルリーテの視線が落ち着かない気持ちを表すかのように揺れている。ふたりもその異変にやっと気がつき――


「ルリ……どうしたの? 突然落ち着かないような雰囲気になっちゃって……」


 エステルの問いかけにルリーテは、ばつが悪そうに視線を逸らしながら口を開く。


「え……その……わたしは魔術士を名乗りながら、下位ルス級しか詠めないというのがですね……」


 その素直な告白を受け軽く目が泳ぐ。ルリーテの気持ちが痛いほど伝わっていても、フォローの言葉が出ずに戸惑っていると――


「そっ……そんなことは気にする必要ないと思います! 最初はみんな同じなんですからっ! できることを積み重ねていく中で少しずつできることが増えて……そうやって強くなっていくのがパーティだと思うんです……!」

「エディット様……」

「うん、そうだよ! 何かの縁でクエストをすることになったんだし、できないことを嘆くよりも今できることをいっぱい頑張ろう!」


 エディットの性格を表すような真っすぐな言葉はこの場の空気を一変させるには十分だった。その空気に押されクエストに向けた話し合いも熱を帯びていく――


わたしは、弓も使っていますが基本的には魔術士寄りと考えてください。まだ下位ルス級しか詠めませんが……象徴詩は……えっと、『アルクス』だけ詠めます……」


 その言葉にエディットの目が見開かれている。


「え……え……? ルリーテさん、『アルクス』を覚えているのですか……?」

「えぇ……一応は……」


 少し気まずそうに受け答えするルリーテを驚いた表情のまま見つめていたエディットだったが、それ以上のことは聞かず関心するように大きく息を吐きながら頷いている。

 心配そうにやりとりを眺めていたエステルも、エディットの必要以上の詮索をしない心使いに胸を撫でおろしていた。


「えっと、それじゃわたしは章術士で、今は一星になりたてで……一応『プラネ』の他に『サテラ』っていう星も召喚はできるって感じです」

「わぁ……エステルさんもすごいです……なんだか最近の章術士の方はみんな『サテラ』を召喚できない方が多いですよね……」

「え、えっとお母さんに譲ってもらったんです……でも東大陸ヒュートの魔術学校では、詳しいことはわからないみたいで……だからあまり使う章術士もいないんじゃないかなって……」

「――え?」


 エディットがエステルの答えにまたも目を丸くしている。それがどのような思いの反応なのかわからないふたりに緊張が走る。


「あの……あたしも詳しくないので、その魔術学校の教えが正しいのかはわかりません。 でも……『プラネ』は仲間を守る星であるのに対して、『サテラ』は自分を守る星ってお婆ちゃんに教えてもらいました。 詳しくはわかりませんが、きっと徽章術を使う上でも大事なことなんじゃないかって思っています……」

「そういう教えもあるのですね……ステア様が教えてくれたのもきっとエステル様自身を守ってくれるようにって意味かもしれませんね……」


 エディットの言葉にエステルを暖かな眼差しで見つめながら同意を示すルリーテ。ふたりの言葉はエステルの心に常に引っかかっていた棘を抜いてくれたかのように気持ちが軽くなっていくことを感じている。


「ふたりとも……ありがとう……やっぱりエディットさんを誘って正解でした……ふたりだけじゃ今まで知らなかったことも、こうやって準備をするためにお互いの自己紹介をしただけで、知ることができるなんて……」

「そうですね……冒険を始めたばかりとはいえ、わたしたちは基本的にふたりだけで行動してばかりでしたからね」

「あははっ! でもあたしも、今までパーティを組んだのは、ワッツさんたちだけだったので……なんだか新鮮な気分ですよ……!」

「駆け出しのわたしたちが言うのも何ですが、そんな嫌な過去は忘れられるようなパーティにしていきましょう……!」


 ワッツの名前が出ると相変わらずルリーテは攻撃的な言葉使いになっている。しかもエディットが来た当初からのことでもあるが、臨時パーティ扱いとする気もなさそうな言い草である。

 それを見ているエステルも「もう……またそんなこと言って……」と、口では言うもののまんざらでもない様子だ。


「はい、すぐにというのは難しいですが、探求士としてこれから色んなことを覚えて体験していきたいので……前を向いて頑張ろうと思います!」


 エディットはふたりの優しさに触れ、新しい道を進む決心を固めている。その第一歩としてのクエストに向けてさらに話を進めていると――


「――やはり気になるのは……あたしたちのパーティには前衛の方がいないという所でしょうか……」


 エディットが現状の痛い所を突いてくるとエステルは自分自身でも感じていた手前、木円卓テーブルに額を押し付けるように突っ伏している。


「うぅ……『巨蜘蛛ジャイアントスパイダーの糸集め』でも、やっぱり必要かぁ……」

「エディット様……一応これには深い理由わけがありまして……」


 ルリーテが突っ伏したままのエステルを他所に、いずれ迎え入れるであろう、エステルが待つ少年について説明を行う。ルリーテの説明に目を輝かせるエディットとは対照に突っ伏したままのエステルの耳は真っ赤になっていた。


「ふぁ~~~……そうだったのですね……すごい素敵です! では、その方とお姉さんがこのパーティの前衛なのですね……!」

「は、はい……でもよく覚えてないけど、ふたりとも剣が曲がっていたような……剣じゃないかもしれないですけど、ふたりとも武器を持っていたので前衛職っぽい感じでした」

「しかもおふたりはもともと南大陸バルバトスにいるので、わたしたちが精選を突破して行かないと出会えないということなのです……」

「そんな約束をしてしまうなんて……ロマンチックで羨ましいです~……」


 エディットは両手を祈るように組みながら左右に振り、浮かれ具合が手に取るように見えている。


「なんだか、こうやって改めて説明すると……すっごい恥ずかしいよ……」

「いえいえ、とても重要なことなので……」


 そうは言ってもルリーテは恥ずかしがるエステルをうれしそうに見つめており、楽しんでいることは一目瞭然であった。


「事情は把握しました! それではあまり深く探索しないようにしながら、糸の採取を行う方針で行きましょう!」

「はい! その方針に賛成です!」


 エステルが同意の声を挙げ。


「はい、『探知レギオ』は、覚えていませんが、わたしが回りを警戒するようにしますので!」


 それにルリーテも続くとクエストの方針を固め準備に取り掛かり始める。エディットは薬草やクエスト時に利用する荷物を取りに自身の小屋へと戻っていき、エステルとルリーテはいつものように徽杖バトンと弓を持ち始めてパーティクエストへの意気込みを胸に小屋を後にする。

 準備を終えたエディットと合流し、向かう先はクエスト紹介所。向かう足取りに不安は感じられず並んで歩く様は長年連れ添ったパーティかのように自然な頼もしさが漂っていた――

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