第16話 憧れた冒険

「あーダメダメ。採取とはいえ、巨蜘蛛ジャイアントスパイダー相手に前衛なしは受注できないよ、もう少しランクがあがってれば別だけどねぇ」


 クエストを受けようとした矢先の出来事である。まさか受注じたいを断られることになるとは三名とも想定しておらず、受付カウンター越しに言われたその言葉でエステルは思考が凍っていた。


「そ、そうなんですね……す、すみません……」


 受注待ちをしていたふたりの元へ肩を落として戻ってくる姿がとてもいたたまれない。エディットもクエストを断られるということは初めてで前衛の重要性を改めて感じていた。


「裏を返せば構成とかもしっかり確認してくれていたんですね……ありがたい話ではありますが、これは別のクエストを考えねばなりませんね……」


 エステルが戻ってきたところで、クエストの変更を提案するルリーテ。現実問題、前衛に当てのない今の状況ではそうせざるを得ないことは他のふたりも承知していることだ。

 幸いなことに三名でクエストに臨むことが目的であり、このクエストに拘る理由もないといえばない。


「そ、そうですね……! ちょっと出鼻を挫かれてしまいましたが、あたしも変更で大丈夫です!」

「う~……こちらから誘ったのにごめんなさい……まさか制限があるなんて思ってもいなくて……」

「い、いえ! クエストはあくまでも自己責任なので受注で断られることもあるなんて知らなかったので……」

「え、えっと……それでは、どれにしましょう……」


 いざ改めて考えるとという状況は、決める際に迷ってしまうものである。簡単なクエストを選べば良いとは思っていても、つい三名という数を活かしたクエストを選びたいという気持ちが捨てきれない。

 そんな葛藤もありエステルは気持ちが焦ってしまいクエスト受注壁に貼り付けられた発注書を眺めていても、目が滑るばかりで内容が頭に入ってこない状態である。

 そんな時背後から声が聞こえる。


「あ~メンバーが来ないから、体が鈍っちゃうねぇ……どこか前衛が必要な臨時パーティでもあると都合がいいんだけどねぇ……」


 しかもこの声は聞き慣れた声ではないが、聞き覚えがある。その声の主に向かって一斉に振り向く――

 すると背後に剣を携えたキーマの姿がそこにあった。


「えっ……? キーマさん?」

「あ……えっと……」


 きょとんとした表情で見つめるエステルに対し、エディットは心なしか気まずそうに目を伏せる。そこに少女たちを見据えたキーマが頭をかきながら口を開く。


「はっはっ! いや~……エステルちゃんとルリーテちゃんを焚き付けたはいいけど、どうにも気になっちゃってね。それでクエストに誘うって言ってたから、一応様子を見ようかと思ってねぇ」


「――え……? お手伝い頂いてもよろしいのですか?」

「うん、もちろんそっちが問題なければそのつもりで準備はしてきてるんだけど――」


 ルリーテの言葉に歯切れ悪く回答するのは、エディットの表情と無関係というわけではないということは、ふたりも察していていた。


「――あ……えと……こ、この前は心配して頂いたのに失礼な態度を取ってしまって――」


 キーマ自身もエディットの身を心配し、エステル達よりも先に声をかけていたのだ。


「あ、いや……そんなことはいいのよ! エディットちゃんの気持ちが整理もできていないのに、こっちこそ悪かったと思ってるから……えっと、私が気にしているのは……よくワッツさん達とは合同クエストにも行ってたし、私まで加わるとあの頃を思い出しちゃったりしたらってね……」


 伏目がちに言葉を紡ぎながら、頭をかいていた手が、次は頬を落ち着きなくかき始めている。言葉を選んではいるものの、せっかくクエストに行けるように気分が落ち着いてくれている以上、それをまたかき乱してしまうことをキーマは恐れていた。


「い、いえ! たしかに一緒にクエストに行ったこともありますが、それはあくまでもパーティ同士の付き合いですから……そんなことまで気にして頂いて、ほんとに……ありがとうございます……」


 エディットはキーマの気遣いに深々とお辞儀をしながら感謝の言葉を伝える。その言葉にキーマの落ち着きなくかいていた指先の動きも止まり、表情も和らいだように見える。


「ほんとにありがとうございます! よし、そうと決まればもう一度クエストの受注に行ってきます!」


 クエストの選択問題が解消したエステルも、明るい表情で三名に告げると小走りで受付カウンターへと向かう。


「難易度を下げれば良いのは分かっていたのですが、どうにも決心ができなかったので、本当に助かりました……!」


 エステルが走っていった後、胸に手を当て改めて頭を下げお礼の言葉を口にする。


「クエストの選択は、多すぎても悩むし、少ないと物足りなく感じるものだからねぇ……。 新しいメンバーと一緒ならなおさらね。うちのメンバーもまだ戻ってきてないし、私もぼけーっと待っているのもなんだし、お互い様さね~」


 八重歯を覗かせながらふたりを見るキーマ。


「聞いてた感じだと、『巨蜘蛛ジャイアントスパイダーの糸の採取』なんだって? やつらは動きも立体的だから、たしかに前衛はいたほうがパーティとしては安定するからねぇ」

「やはりそうだったのですね……わたし達の調査不足でした……今まで戦ったことのない魔獣なのですが採取系ということもあり、そこまで気を回していなかったもので……」

「あたしも今まではワッツさん達と一緒だったので、そういう制限がかかるとは知りませんでした……」


 各々の気持ちを打ち明けていると受注を済ませたエステルが嬉しそうに走ってくる姿が伺える。その姿は受注に成功したことを聞くまでもないほど軽い足取りを見せていた。


「登録にキーマさんも入れたらすんなり受注させてもらえました! 受付の方もキーマさんが加わるなら、問題ないってすごい信頼されているんですね!」

「ははっ……うーん前回の精選でも結局失敗だったから、ここらへんのクエストが長いだけで自慢できるものじゃないんだけどねぇ……」


 うれしそうに報告を行うエステルに頬をヒクつかせながら答える。その答えを聞いたルリーテが強張った表情でキーマを見る。


「やはり精選で加護を得るというのは、並大抵のことではない、ということでしょうか……」


 その問いかけにキーマは少し思い返すように「ん~……」と悩みながら天井を見上げる。右手も落ち着かない様子で顎の当たりを指先でぐりぐりといじりゆっくりとルリーテを見つめ直す。


「そう……だねぇ……うん、きっとそうなんだろう……エディットちゃんもワッツさん達から聞いているんだろうけど、選ぶのはあくまでも精霊達なのさ。だから私達みたいに躓くようなやつらには大変なことだけど……選ばれるような探求士にとってはなんてことはないのかもしれないけどねぇ……」


 普段飄々とした空気を纏うキーマが醸し出す肩に圧し掛かってくるような重い空気。希望を胸に挑んだ前回の精選で、自身の望む結果が得られずに苦悩してきた者が放つ言葉は、まだ精選を知らない少女たちの不安という名の魔物を増大させるに十分な重みを持っている。


「私達に何が足りなかったのかなってね……? 精霊は気紛れと言えばそれまでかもしれないさ。でも……きっと選ばれるようなやつらは精霊から見たらはっきりと違うって分かっちまうものかもしれない……なんて考え出したら止まらないもんさね……」


 エステルたちを見つめていたはずのキーマの視線は気が付けば自分の足元に落ちている。

 探求士にとって南大陸バルバトスでの冒険は憧れそのものだ。あの広い大陸に自分の軌跡を残したいという想いを抱く探求士は星の数ほど存在する。だが、望むもの全てが大陸に足を踏み入れるわけではないという事実は南大陸バルバトス以外で生まれ、探求士を目指した者にとっては決して気軽に考えられるものではなかった。


「ん……あ~ごめんごめん! これから頑張っていこうって子らに向ける言葉じゃなかったねぇ……」

「いえ……そんなことありません……! わたしたちだって……精選を気軽に考えていたわけじゃないですけど……こうやって体験した方の口から聞くって想像してるだけとはぜんぜん違って……! えっと……あれ、わたし、何を言いたいのかな……」


 気落ちするキーマに上手く伝えられず必死に言葉を紡ごうとするエステル。そこに話を聞いて思考に耽っていたルリーテが一歩前に踏み出す。


「これから精選に挑むわたし達にとって、経験者から聞かせて頂いた想いや苦悩は、とても貴重です。答えは今は出せないとしても、心に留置とどめおくことで答えが閃くこともあるのですから……」

「ははっ。 そうさね~……そう言ってもらえると、つい零しちまった悩みも少しは軽くなるさね……いつも南大陸バルバトスで生まれてたらなぁなんて考えちまっていたけど、その資格も得られないようじゃ、あっちで生まれても上手くいきっこなんてないんだろうしね……」

「そ、そうですよ! たしかにワッツさん達も似たようなこと、言ってましたから!」

「――あ、いえ、あの愚か者達は精霊に選ばれないから考えても無駄ですよ」


 キーマのフォローに入ったつもりのエディットの言葉は、ルリーテの冷ややかな言葉に飲み込まれていく。


「もう……ルリは……でも、エディットさんそういうこと、思い出しちゃうのって辛くないですか……?」


 エステルがルリーテを戒めるようにキッと睨むも、エディットの気持ちを確認する。


「今は辛くないと言えば嘘になってしまいます。でも……嫌な思い出ばかりじゃないというか……今まで嫌なことなんてぜんぜんなかったので、その思い出まで否定したくは……ないです」

「そう言えるくらいの整理がついているなら、私たちは何も言わないさね……探求士は出会いと別れを数えきれないほど経験していくもんだしね……」

「はいっ……! それに今から新しい出会いと経験を積ませて頂くので!」

『チピィ~!』


 無理をして笑顔を作っているわけではない、と一目でわかるような普段の笑顔を覗かせたエディットにキーマも胸を撫で下ろす。

 エステルはルリーテがさらにワッツたちへ何か文句を言いだしそうな雰囲気を察してしっかりと口を塞ぎながら、エディットに微笑みを向けている。


「よーし……! それじゃみんな出発しましょう! キーマさんもよろしくお願いします!」

「ええ! 前衛と後衛に分かれたパーティは初めてですが胸が躍りますね……!」

「はいっ! 足を引っ張らないように気を付けるようにします!」『チピピィー!』

「ん~この元気な出発……こっちまで昔を思い出しちゃうさねぇ……よろしくね」


 剣術士、魔術士、癒術士、章術士と一匹は無事に受注したクエストに向けて紹介所を後にする。

 目指すは『巨蜘蛛ジャイアントスパイダー』の生息地域である北東の廃墟。

 気を緩めているわけでもなく今までとは違うクエストへの出発にエステルは自分の胸に不安よりも期待や希望に溢れ胸が躍っていることをはっきりと自覚していた――

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