第102話 揺れる白髪

「なんかすごい歓声というか叫び声というか……でも魔獣でもなかったような……」


 外の賑やかさに気を取られていたエステルたち。

 そこへ一種ひとりの騎士が控室の入口に立った。


「探求士の皆様! 本日お祝いに駆け付けて頂いた方々が大広間に入場いたします! 皆様も通路にてお出迎えをお願いいたします!」


 騎士の声に従い椅子から立ち上がる一同。

 エステルたちも多分に漏れず、気を引き締めつつ通路へと踏み出していく。


「ドライ……緊張しすぎさね。いくら頭が真っ白になっても貴族に視線を合わせるような真似だけはしないでよ……古い仕来りとは言えね……」


 緊張で上の空となっているドライヘキーマが注意を促す。

 だが、ドライは相変わらず手と足を揃えて踏み出すようなベタな芸まで披露する始末である。


「あたしも自信がないので、ルリさんやナディアさんの真似をしておくようにしますっ」


「キーマ様の言っていた『視線を合わせる』というのは『対等な立場』と相手が捉えてしまうと無礼に当たるので……まぁ、貴族や騎士の方が通るだけなので、顔を上げなければ大丈夫でしょう」


「ふふっ。そんなに堅苦しく考える必要ありませんわ。気にする方もいないとは思いますが……まぁこれくらいで心証を損なうのも損――くらいの考えで良いと思いますわ」


 北大陸キヌーク上がりのエディットは、このような式典とは無縁だったため、ドライに負けず劣らずな不審さを醸し出しながら、ルリーテとナディアを見上げていた。


 通路は十種じゅうにん並んでもゆとりを持てるほどに幅があり、新人探求士たちは通路を挟むように向かい合わせで並ぶこととなった。

 エステルはナディアたちとの話に意識を向けていたため、気にすることもなかったが、改めて見ると百名以上の探求士がいることに気が付く。


(わたしたちに取っては、ほんとにぎりぎりの戦いだったけど……あの困難続きの精選を潜り抜けたひとはこんなにいるんだ……)


 そこへ通路の入口に向かう足音が耳に入る。

 一種ひとりの騎士が入口に立つと、並んでいた探求士たちは一斉に片膝を付き、視線を落とす。


「これより式典に出席する貴賓の方々がお見えになる! 各自、無礼のないように!」


 騎士が作り出した厳粛な雰囲気に当てられたのか、エステルは頭を下げながらも口元が引き締まる。


「私はギルドの中央大陸ミンドールを統括するリーゲル。この度、南大陸バルバトスに新たな息吹を吹き込む新星たちの旅立ちに立ち会えることを嬉しく思う。精霊との契約は始まりに過ぎない。これからも一層の邁進を願っている」


 入口で一声かけると、探求士が並ぶ通路を歩き出す。


 次々に貴族が入口へと立ち鼓舞激励が続くと、顔も合わせていないこともあり、エステルも瞳を軽く閉じつつ強張っていた体から自然と力が抜けてくる。

 周りも静寂を保つ中、響くのは貴賓の声だけだったが……


「私はプリフィック国。天空ヴァナシエロ騎士団団長……――ゼオリム。この中から行く行くは共に戦う者も現れると信じている。共に南大陸バルバトスの平和を守っていこう!」


「えあっ!?」

「――なっ!?」

「うそ……だろ?」

「なんで!?」


 沈黙と共に首を垂れていた探求士たちが、思わず入口に目を向けるほどの衝撃。

 エステルたちもその一言で自然体でいたはずの体が一瞬で固まったことを実感した。

 他に釣られて顔を上げぬよう、力一杯に瞳を閉じ耳を澄ませる。


 周りを見渡しているのか、一歩一歩ゆっくりと響く足音。

 それとは裏腹にエステルの鼓動は、周りに聞こえてしまうのではないかと不安になるほどに高まっている。


 エステルは足音がすぐそこまで近づいた時、違和感を感じた。

 ゆっくりではありながらも奏でていた音がぴたりと止んだのだ。


 エステルは地に向けた目を恐る恐る薄く開けた時、そこには自身に向けたつま先が見えたのだ。


 ――せめて今日までは帽子をかぶってくるべきだった。


 エステルの脳裏の目まぐるしさを現しているかのように噴き出す汗。

 膝に置いた手に力を込めて握りしめた時だった。


「きみは苦難の道と知りながらも……歩むことを止めない勇気ある探求士だ」


 先ほどよりも小さい……エステルとその周りに聞こえる程度の声。

 エステルは思わず顔を上げそうになる衝動を必死に抑える。 


「ははっ。古い仕来りだから……とはここでは言えないか。でも、私も同じ白き道を歩む者だ。だから……」


 エステルの下げた視線の先に膝が下り、さらに伸びてきたもの。

 それはゼオリムが差し出した手だった。


「共に戦う。いや……競い合う好敵手ライバルとなるかもしれない。でも、お互いに励んでいこう」


 既にエステルは、全身を包む震えが緊張からくるものではないとわかっていた。


 南大陸バルバトスで知らぬ者はいないと言っても過言ではないほどの種物じんぶつが、こんな自分を――。

 精霊と契約したばかりの……白霧病のキャリアでもある自分を一種ひとりの探求士として見てくれたことへ、感極まった果ての震えと涙であることを実感していた。


「はっ……――い……」


 しゃくり上げそうになる挙動を必死で抑えながら、ゼオリムの差し出した手を汗ばんだ手で力一杯に握りしめる。



 束の間の静寂を刻んだ後、我に返ったエステルが肩を跳ねさせながら、握っていた手を放す。

 喜びの雫が溢れた瞳を向けることはなかったが、その時ゼオリムは微笑んでいたようにエステルは感じていた。


 ゼオリムが立ち上がり、ゆっくりと歩いていく。


 その時、エステルはほんの少しだけ仕来りを破った。

 周りを見渡しながら歩くゼオリムの後ろ姿。それがどれだけ遠くにあるかエステルには想像もつかない。

 だが――先程の言葉は自分の心に深く刻み込まれたことは紛れもない事実である。


 エステルはゼオリムが通路から大広間へ入るその瞬間まで、夢現の如く揺れる白髪を見つめ続けていた――



◇◆

 静寂でありながらも、熱気が溢れる空間。これは紛れもなくゼオリムが作り上げたものだ。

 後に続く貴族たちもそれを感じたのか、激励の言葉も自然と熱を帯びたものとなっていく。


「みなの熱気は言葉を発さずとも、伝わってきている! 次の方々で最後となるため最後まで気を抜かぬよう願いたい!」


 覇気を感じる騎士の声。

 最後ということで探求士たちも気を引き締め直した時、入口に立った種物じんぶつが声をあげた。


「私は貴族や王族ってわけでもない。だから仕来りなんて気にせず顔を上げてほしいわ」


 女性の声に導かれ、顔を上げた探求士たちの愕然とした表情が、事の重大さを物語っていた。

 すでに団長で度肝を抜かれていたからこそ、第一軍、第二軍の長が共に出席するなど誰もが考えていなかったからだ。

 顔を知らない探求士も周りの空気が変わったことを肌で感じている。


わたしはプリフィック国。天空ヴァナシエロ騎士団第二軍のフィルレイアよ」


「私は第二軍フィルレイア様の補佐。イースレス」


おれも第二軍所属。名はアロルド」


 海色の髪、透き通る色白の肌を引き立てるような紺のドレス。

 さらにフィルレイアの豊満な肉体は女性としての魅力を余すところなく備えているような妖艶さを持っていた。


 男だけではなく、エステルから見てもそれは変わることはない。

 ただでさえ憧れていたルリーテに至っては直視したい気持ちと、見続けた先で自分の興奮が限界を迎えることを恐れているのか、顔を上げては下げの繰り返しで怪しさ全開である。


「もう団長が騎士団として言いたいことは言ってくれてみたいだし……わたしからはそうね……この新しい門出を全力で楽しんでちょうだい! ってところかしらね」


「精選という困難を勝ち抜いたみなさんが本日の主役です。多いに騒ぎ、冒険の活力として頂ければと思います。本当におめでとうございます」


「みんなおめでとう! 南大陸バルバトスは危険ももちろん多いっス! でも、それ以上に魅力が溢れてる! 存分に冒険を楽しんでほしいっス!」


 祝いの言葉をかけると共に歩き出すフィルレイアたちを、探求士たちの歓声が包み込む。

 両腕を上げはしゃぐ者。

 ここぞとばかりにフィルレイアを眼に焼き付けようとする者。

 イースレスの美に男でありながらも、見惚れる者。

 アロルドの雰囲気に和む者。

 様々でありながらも、門出に相応しい祝福となったことを全員が理解していた。


(おかしいわね……いないじゃない……というか、あの翠色の髪の子、鼻血出しながらも凝視してくるけど大丈夫かしら……) 


 笑顔で手を振りながらアテの種物じんぶつを探すフィルレイア。


(思ったより多くて全員見てる暇がないっス……見通しが甘かったっス……食事は身内周りも参加OKだったからそこに紛れ込むっス……)


 少年のような笑みは崩さずとも、自分の浅はかさに辟易しているアロルド。


 歓声はフィルレイア一行が大広間に入るまで続き、これを以って迎えの儀が終了となった。

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