第101話 天空騎士団

「それじゃ、結局この周辺で過ごしてたの?」


「ええ。そうですわ。伝達で南大陸バルバトスへ行けることじたいは伝えはしたものの、わたくしはまだ目標へ向かう最中ですもの。面と向かって報告するならやはり目標を達成した時に会いたいですわ」


「ですが、ナディア様の居住権が目的なのはご両親とそのお姉様のためとは……家族への想いは我々と一緒ですね……とても良いことだと思います」


「精選の時も少し言ってましたけど、元々ジャルーガル国に住んでいたなんて驚きですっ!」


 本殿内の煌びやかな通路を恐る恐る進んでいた拍子に、背後からナディアに声を掛けられた結果である。

 当初アドニスも連れ添ってはいたが、エステルたちに話を聞くとひと時の思案の後、この場を離れていた。


 さらに進んだ先で案内された末、現在は木円卓テーブルと椅子が据えられた控室へ通され、腰を下ろしている状況である。


アドニスが居れば式典セレモニーを待つ必要もないことはないのはたしかですわ。でも……やはり甘えてばかりもいられませんもの。わたくしの持てる権利と力で南大陸バルバトスへ渡り……掴み取りたいんですの」


 木円卓テーブル上で握りしめた手に向ける瞳は何かを思い出しているのか。やや虚ろに色を寄せながらも圧を感じさせた。


 そんな折、数名の探求士の足音がこの控室へ響く。

 エステルたちも入口へ向けると、数名の探求士の後に姿を現したドライとキーマの姿を確認した。

 ドライたちも緊張の面持ちで控室の中を見渡した際、エステルたちの姿が見えると途端に口角をあげながら走り寄ってくる。


「いやーお祝いとはいえ、こんな立派な建物だから見知ったひとを見ると安心するよ~……精選ぶりだね。みんな!」


「ドライに任せて逃げ出そうか迷ってたさね。またこうして会えてうれしいよ!」


 ドライとキーマの挨拶にエステルたちも席から立つと、抱擁や握手を交わし再会の喜びを嚙みしめ合った。

 談笑は互いの緊張をほぐす役割も担っているのか、ドライたちも席についた後はすっかり強張っていた表情も、幾分和らいでいることが目に見える。


「そうか~セキとアドニスはたしかにこういう式典セレモニーは興味は持たなさそうだからね~」


式典セレモニーの後に挨拶ができれば良いさね。船では一緒になるんだしね」


 この場にいない二種ふたりの事情に納得の表情を浮かべている。


 すると建物の外、港方面から絶叫とも言える歓声がこの控室にまで轟き、控室にいた全ての探求士がおもむろに席を立ち様子を周りの様子を伺うこととなった。



◇◆

「うふふ~っ」


 武装系の魔具で固められた船。客船とは明らかに異なる戦艦と言っても差し支えない大型船の甲板に、海色の長髪を揺らす適受種ヒューマンの女性の姿があった。

 柵にもたれかかりながら見つめる先にそびえるは中央大陸ミンドール


「『フィア』さんうれしそうっスね~! 普段の作り笑いとは大違いっスよ」


 そこへ声を掛けた適受種ヒューマンの男。

 深みのある茶の髪。前髪にかかる一部が黄だが、自前なのか色を入れているかは定かではない。

 年齢と整った容姿に見合わぬ少年のような眩い笑顔を携えており、見る者は警戒心を緩めてしまうこと請け合いである。


「何よ『アロルド』。喜んでいるのはあなたのほうでしょ……。え~っとさんだっけ? ジャルーガルに行ってから会える機会なんてなかったんだものねぇ……妹さんの名前が精選参加者にあったって言うけど、事情がよく分からないわね……でも、上手く会えたならあなたともお別れになっちゃうわね」


「フィア様、アロルド、そろそろ到着するようですよ」


 さらにもう一種ひとり

 肩まで垂れた緩く波がかった金の長髪を携える男。

 佇まいに気品が溢れており、貴族然とした丁寧な物腰である。

 それはこの男が明精種ライトエルフということとは無関係に、個種こじんで磨いた資質であった。


「んっ! ありがとう『イース』、式典セレモニーも街をあげてお祝いモードみたいね」


 三種さんにんが船首に背を向けて歩き出すと、船内への入口で両腕をあげ、伸びをしている種影ひとかげをその視界に捉えた。




「いや~やっと着いたようだねっ! 荷物に紛れていたから体中が痛いよ……」


 光に晒される透明感のある肌。

 自信がうかがえる表情を見せながらも、真っ白な歯が見え隠れする親近感を抱かせる笑顔は、適受種ヒューマンでありながら明精種ライトエルフに劣らぬ洗練された容姿とのギャップがとても激しい。

 そして海風になびくの髪はどこか儚さを感じさせた。


「――え……ゼオ……何してんの?」


「ははっ! 嫌だな~。俺も新人たちのお祝いに来たのさっ。もちろんこっそりだけどね! ほらっフィアたちが居なくなると慌ただしくなるからその隙にちょっと……ね!」


「え……団長……騎士団業務サボりっスか? 補佐のバルディンが表情変えずにキレてそうっスね……」


「いや~『バルディン』がいるからこそ俺も安心して任せてこれるのさ! 最近討伐ばかりで息が詰まるし、たまには息抜きもしないと……! 式典セレモニーに顔を出したらひさびさに中央大陸ミンドールで食べ歩きでもしてこようかと思ってね!」


 プリフィック王国の誇る最強戦力『天空ヴァナシエロ騎士団』。

 魔獣に襲われ阿鼻叫喚の街や村はこの騎士団の到着だけで、その顔に安堵の笑みを浮かべるほどに名が知れ渡っている。


 その騎士団にて、第二軍を率いるフィア、ことフィルレイア。

 フィルレイアの右腕として絶対の信頼を置かれるイースレス。

 イースレスと同等の実力を持つとされるアロルド。

 この三名は第二軍、敷いては天空ヴァナシエロ騎士団の顔とも言える名声に見合った実力を持つ強者である。


 そんな三名が新人探求士の式典セレモニーに来ること自体が異例中の異例である。

 さらにそこへお忍びでちゃっかり忍び込んだ『ゼオリム』。

 言わずと知れた天空ヴァナシエロ騎士団の第一軍を率いる団長である。


 されど式典セレモニー……――とは言えず、イースレスは無言で口角を無理やり吊り上げ、この場を見届ける他なかった。



◇◆

「えっ!! ええええええッ!! お姉様と呼びたい女性。不動の一位の……フィルレイア様よ!! 嘘うそうそうそうそッ!! 契りたいわっ!!」


「ちょっと待って!! イースレス様もいらっしゃってるって……やだ!! 私お化粧してこなきゃ……!! 私はこの日のために今まで独身だったと言っても過言ではないわ!!」


「アロルドくんよ!! アロルドくんが笑ってるわ――もう何……尊い!? まばたきなんてできないじゃない!! 弟にして愛でたい男性。ダントツの一位なだけあるわッ!!」


 フィルレイアたちが船から降り立った際の光景である。

 阿鼻叫喚を収める実力者たちであるはずが、まさかこのような混沌を引き起こすことになるとは本種ほんにんたちにとっても予想以上であった。


 所々でフィルレイアたちが存在を知らないランキング制度が採用されている気配を感じさせるが、笑みを保つことで精一杯の状況である。


 ちなみに港で各国からどのような者が参加するのか。

 一目覗こうと待っていた男性陣もいたのだが、フィルレイアたちが来たことを知った途端に女性陣に軒並み蹂躙され、この場を取り囲むのは女性ばかりである。


 蹂躙じたいも瞬で決着がついており、横たわっているのが邪魔で除けられているならば、まだマシなほうであり、女性の踏み台として這いつくばったままの者も見受けられた。


 そしてフィルレイアたちが歩き去った後、同国の貴族も数名下りて行ったが、これまた瞬で興味を失った女性陣。

 そのまま惰性で船から降りる者へ目を向けた時、場が静まり返った。


「――ま……まぼろし……?」


「おかしいと思ったのよ……私これ夢を見てるんだわ……」


 その者がおもむろに石畳を歩き出し、手を振りながらその笑みを以って、静寂が破られることとなった。


「ぜっ……――ゼオ様よぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」


「儚さと美貌の相乗効果がエグすぎるわっ!! 幻? ううん! 幻でもいい!! 幻なら覚めないで!!」


「お化粧間に合ったわ!! ゼオ様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁーー! 私まだ清い身ですぅぅぅぅぅぅぅぅぅーー!!」


 笑みを向けられた者はその場で仰向けに倒れ込み、街はおろか大陸中に響くような絶叫がこの場を包み込んだ。

 ちゃっかりイースレスからゼオリムへ乗り換えている女性も見受けられる様子だ。


 ゼオリムを少しでも近くで見ようと、詰め寄る女性たちを必死で抑える騎士たちは 邪魔者扱いされ、はたかれる姿はいたたまれない気持ちを誘ってくる。


 半狂乱のお祭り騒ぎはゼオリムたちが歩くペースに寄り添うように場所を移動していく。

 その狂乱が収まったのは本殿に姿を消してから十分な時を必要とするほどであった。


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