5章 始まりの南大陸

第100話 幕開け

「こっちの街もすごい栄えてる……! それにしても目立つね~! でも、これなら迷うことなく行けそうだよ!」


 エステルが風になびく髪を抑えながら振り返る。

 ここはランペット。

 精選開催地の一つであった街であり、精霊との契約を終えた探求士たちの新たな冒険の始まりの場所でもある。

 南大陸バルバトスへの渡航は、ギルドが手配した大型船に乗って出発することとなるが、その前に旅立ちを祝う式典セレモニーが本日このランペットの地にて行われるのだ。

 ランペットにはギルドが管理している式典セレモニー向けの施設があり、エステルたちはまさに今、目的の施設である『大神殿』をその視野に収めていた。


「圧巻の大きさですね……」


「管理国の偉いひとも来るんですよね? 内部で迷子になりそうな大きさです……」

『チピィ……』


 ルリーテとエディットも呆然と眺めながら思いの丈を口にしているが、ある種の威厳を感じている様子が見受けられた。


 ランペットの街に入る前から眺めるだけで、すでに圧倒的な存在感を醸し出す大神殿。

 入口は円柱の柱が等間隔に並び立つ。

 その重厚感溢れる柱を繋ぐ梁に施された煌びやか装飾は、訪れる者の気持ちを自然と引き締めるほどに荘厳さを持っている。

 入口の天井部は吹き抜けとなっており、その先に本殿が鎮座していた。


「宿泊施設でもないだろうにあの大きさはすごいなぁ……まぁ後、エステル。そ~んなに気にしなくてもおかしくなんてないよ?」


 セキはなびく髪をしきりに手櫛で整えるエステルへ、微笑と共にフォローの言葉を投げかけた。


「あ――うん……なんか決心したのはいいんだけど落ち着かなくて……」


 そう。エステルは南大陸バルバトスの進出に伴い、船乗帽マリンキャップを家に置いてきたのだ。

 南大陸バルバトスではたしかに白霧病に対しての偏見は、ある国の功績……――いや、事情により他大陸に比べれば格段に少ない。


 だが、エステル自身がそんなことを気にかけたわけではなく、精選を経て一歩踏み出す勇気を持てるほどの自信。

 そんな仄かな灯を己の胸に宿すことができたから、ということはセキたちも理解していた。


「大丈夫ですよっ! あたしも最初はの違和感ありましたが、ステアさんに胸布の巻き方を教えてもらってすっかり慣れましたのでっ!」


 また、補足するとエディットの胸も飛び出ている。

 これは本種ほんにんではなく、ステアの家で過ごす際にステアから優しく諭された結果であった。

 ステア曰く「そんなに素敵なものを締め付けてたら成長にもよくないでしょ?」とのことである。

 基本的にステアに反論する者が皆無のため、エディットもあっさり言うことを聞いており、エディットを見るルリーテの目つきが鋭くなったこと以外は特に支障もない様子であった。


「慣れるとは思いますが、少し巻いたり束ねてもいいかもしれませんね」


 と、翠色の長髪を後頭部で結ったルリーテがエステルへ助言を飛ばす。

 これはステアとカグヤの話をした際に聞いた髪型であり、少しでも近づくためにまずは形だけでも、というルリーテの考えでもあった。


「うん。ちょっと落ち着いたら考えてみるよ! それじゃーみんな神殿に向かおう! いよいよ南大陸バルバトスへの冒険が始まるんだよ!」


 浮かれ気味なエステルたちの足取りは、羽が生えているかのように軽やかだ。

 ランペットの街の種々ひとびとも、管理国や南大陸バルバトスデビューの探求士が集まることを知っているため、至る所で賑やかな声が響いており、街を上げて式典セレモニーを盛り上げようとする雰囲気が伝わってくる光景となっていた。


 様々な出店にセキ、もといセキの衣嚢ポケット内のカグツチが誘惑され、エディットが食べ物の匂いに釣られる等、大神殿への道のりは街中でありながら一筋縄では行かなかったが、最後にはエステルとルリーテに連行されるかのように引き連れられ、無事に大神殿の前に立つことが叶うこととなった。


 大神殿の前には警護を行う騎士や案内係の姿が散見され、エステルは思わず息を吞んだ。


「よし……それじゃ入ろうか……!」


 エステルが覚悟を決め足を踏み出そうとした時だった。


「あ、エステル。あとはこの中で式典セレモニー食事パーティーで、参加自由だよね……? 堅苦しいのは苦手だから任せちゃっていいかな?」


「うん。それはいいけど……美味しいご飯も出てきそうだよ?」 


『チピ~!』


 大神殿までの見送りの如く、あっさりと踵を返したセキ。

 エステルの言葉にセキの衣嚢ポケット内のカグツチが、胸を叩く様子が見受けられたが、気に留めることはないセキである。

 エディットではなくセキの肩に留まったままのチピも、セキに付いていく様子だ。


「あははっ。ステアさんの美味しい料理を食べ続けてたから十分だよっ」


 セキはそう言い残して種混ひとごみの中へその姿を消していった。


「よし……! それじゃ改めて入ろうか!」


「は……はい……! とても緊張しますね……ここまで立派ですと……」


「行きましょうっ! 美味しい食事が楽しみですっ!」


 三名の少女たちは緊張感を丸出しにしながらも、大神殿の入口を潜り本殿へとぎこちない足取りで進んでいくこととなった。



◇◆

 街外れの一角にひっそりと存在する広間。そこに据えられていた古ぼけた木長椅子ベンチにセキは腰を下ろしていた。


「お主はぁぁぁぁぁ……――ッ!!」


「そんなに怒るなって……ないとは思うけど、お前の気配感知できるようなやつがいたら話がややこしくなるだろ……」


 セキの膝の上でぺちぺちと腿を叩く虚しい主張を続けるカグツチ。

 どのような状況でも食の探求を忘れていない素晴らしい姿である。

 だが、それでセキを説得できるかと言えば、無理であることも承知していた。


「それにお偉いさん方がくるなら礼儀作法に疎いおれが粗相をして、エステルたちの評価が悪くなったりしたら申し訳ないしね……」


「小うるさいやつらなど、叩き斬れば問題ないの」


『チピィ~……』


 カグツチの料理への執念が垣間見える一言。それをしないためにここにいるセキの配慮などお構いなしである。

 チピも目を丸めながら溜息をついている状況だ。

 クエスト行動時以外は基本的にセキの肩に留まっている状況が相変わらず多く、ステアもセキのペットなのかと勘違いしたほどである。


 そして、カグツチの奮闘じたいがお構いなしのセキは、煙木タバコに火を灯し悠々と煙を吐き出しているあたり、慣れた対応でもあった。


「それに似たようなことを考えたのはおれだけじゃないみたいだしね」


 煙を吐き出し視線を向けた先。

 周りの種々ひとびとから頭一つ分……いや、それ以上に飛び出た体躯を誇る男の姿が見えた。


「やぁセキ。エステルたちから聞いて探したけど……ほんときみは気配が……。賑やかな場所より静かな場所だと思ってアタリを付けたはいいけど、結局高所から目視するハメになったよ……」


「よぉアドニス。あっちの塔の上から見てたよな? まぁ……おれの気配、というか魔力は今に始まった話じゃないからなぁ……それとやっぱりお前も?」


 アドニスの接近に表情を揺らすことなく対応するセキ。

 それを当たり前のように受け入れつつ、アドニスはセキの隣へ腰を下ろした。

 

「そうだね――と言ってもきみの行動を聞いて意味を模索した結果だけどね……聞いた話だけど、新人探求士向けだから来るとしても騎士団の中堅級か、道楽ついでの貴族くらいらしいからベヒーモスこれに気が付くなんてないと思うけど……まぁナディアに迷惑をかけることになるのは避けたいからね。きみの案に便乗させてもらったよ」


「おでは~お腹が~空いたぁ……」


 アドニスの気の回しようなどお構いなし。

 カグツチ同様にベヒーモスは不貞腐れたように呟きながら、のそのそとアドニスの体を伝い降りてくる。


「セキだ~……」


「精選の時は結局少ししか話せなかったし、久しぶりだな。よーし……ダイフク! 不死鳥フェリクスの威厳を見せてやれっ」


 セキを見上げていたベヒーモスの前にチピを置くと二匹の間に静寂が流れる……こともなく。


『チ~……チッピィィィィ!!』


 その背に決して曲がることのない芯を通したように伸ばした体、翼を顔の横に添え偉大な指導者への敬礼かのごとくベヒーモスに敬意を示す。


「ああ……やっぱダイフクはダイフクだったなぁ……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る