第99話 生きる道

「それじゃ出発は一カ月後なのね。頑張った分ここでゆっくりしていけるようでよかったわ~」


 ラゴスの紹介所の酒場、いや、比率的に言えば酒場に紹介所がくっついている、と言った方が正しいかもしれない状態である。

 当初カグツチが我慢しきれずに飛び出してきたことで、場が一瞬静寂に包まれるもお祝いの雰囲気ムードに当てられていたラゴスやトッポたちは、セキの精霊という根拠もあり、すんなりと受け入れるという結果になっていた。


「うんっ! 色々準備しなきゃいけないし新しくなった家見ておきたいし……」


「うん……それはとてもいい案だと思うよ……」


 エステルが鋭い視線をセキへ送る。

 ステアとルリーテが作る料理を卓へ運びながら、視線を落とすしかないセキ。


 そんなことも気に留めずラゴスと話しているのは、酒場のカウンターで舌鼓を打ちながらこの場を全力で楽しむカグツチである。


「相変わらず美味いの……それにラゴスの酒も料理に合ってるの」


「ははっ。精獣様にそう言って頂けるのはありがたいですねぇ」


「も~お爺さんお酒こっちの品揃えばかり気にしてるんですよ~」


 年配、と言うにはカグツチが突出しすぎているが、ラゴスとデミスの表情を見るに、敬意を忘れないとは言えど、気兼ねなく話すことができるカグツチの存在は貴重であると同時に、安堵している様子だ。



「――でも、これで晴れて南の探求士かぁ……! 幻域もあるし、しかも噂じゃ~千幻樹もそろそろじゃないかって話も出てるからなぁ~」


「実際に見たやつなんていないからなんとでも言えるわな~」


「まぁなんにせよおめでたいってことだ!!」


 別卓で騒ぐはすでに顔が赤いテッド、トッポ、チップの三名である。さらにルリーテとエディットも負けじと顔を火照らしている様子が伺えた。


「千幻樹ですか……世界の魔力が最も高まる周期で生える魔力の結晶ですよね? 周期が千年近いのでそう名付けられたと……」


「そうですねっ! 何より……その千幻樹は実を一つだけ宿らせるようで……それを食べたひとの魔力を、根底から強化してくれるとも言われています! 色んな病気も治るので、言い伝えだと千年前は大混乱の争奪戦が起こっていますが、誰が食べたかは不明なんだそうですっ!」


 伝承的な話になるとついつい饒舌となるエディット。すでにこのメンバーに馴染んでいるあたり、年の功と外見を巧みに利用しているしたたかさが伺える光景である。



「そうだ……エステル。そのサテラについてなんだけど……――」


 料理をあらかた作り終えたステアが、エステルへ視線を向けた。


「うん……。お母さんは章術士ってわけじゃないから不思議だったけど……教えてもらった時はうれしくて、今まであんまり深く考えたことなかったけど……」


「そう。でも、私自身もそのひとが誰かわからないの……ただ、国が滅んだ時――その逃げている中で魔獣に襲われていた所を救われてね。声で女性だってことは分かったけど頭巾フードを深く被っていたからどんなひとだったのかまでは分からないけど……」


 記憶の扉を丁寧に開くようステアは瞼を下げ。


「あなたの病気にもすぐ気が付いたみたいで、そのひとから譲り受けたものがサテラなの。進行をどこまで食い止められるかはわからないけどって……でも、そのおかげでお父さんが薬を手に入れるまで持ちこたえられたんだって私はいつも思ってる……」


 ステアは指の腹を唇に押し当てながら当時を振り返っている。


「それと……戦いばかりが生きる道ではないから、戦いとは無縁の生活ならそれが望ましいって……でも――あなたが冒険を目指すならきっと力になってくれるとも言っていたわ。とても優しい声だったことは今でもはっきりと思い出せるわ……」


 『プラネ』を召喚するまでの道のりだけではなく、今なお力を貸してくれる『サテラ』。

 エステルはステアの言葉に握りしめた拳を胸に抱き、南大陸バルバトスでの目的が一つ増えたことを自覚した。

 生まれたばかりの自分にこんなにも素敵な星を与えてくれたひとに会いたいと。会って自分がここまで成長したことを伝えたいと。


 それは喧騒の中、聞き耳を立てていたセキたちも例外ではない。言葉にせずとも同じ思いを共有していた。


 酒場を貸し切って行われた宴は夜光石が輝きを失うまでの間続くこととなる。

 エステルやルリーテに取って全ての始まりとなったスピカ村。

 南大陸バルバトスへの挑戦も、またここから始まるという思いはいつも以上に酒を己の中に循環させていく。


 だが、残念なことに喜びの気持ちは誰しもが一緒であり、翌日もクエスト紹介所は臨時休業。さらに一同は翌日を寝台ベッドで過ごすことになるとはこの時誰も予想だにしていなかった。



◇◆

 静かな森の中、大樹の根本で祈りを捧げる四種よにんの姿がそこにあった。

 エステルは瞼を上げると、黙ってセキとルリーテの袖を掴み、軽く顎を引いた。

 エステルが言わんとすることを理解した二種ふたりは、エディットを残し、その場を後にした。


「ワッツさん、リンネさん、ガランさん。あたし無事に精霊と契約しましたよ……。しかもそれはチピなんです。みなさんがいたらどんなに驚いていたか……――」

『チピィ……』


 思い出を語るエディットの声は、か細く儚くいかにも消え入りそうな声だった。

 それでもエディットは出会った当時のこと、クエストのこと、あらゆる思い出をなぞっていく。

 思い出を振り返った後、徐々にはっきりと、そして力強く語り掛ける言葉は、ワッツたちにいらぬ心配をさせぬエディットの精一杯の強がりだ。


「次に来るときは南大陸バルバトスの大冒険のお話です。ふふっ……きっと驚きますよっ! じゃあ……ワッツさん、リンネさん、ガランさん……――行ってきます!」



 その後、エディットたちが合流したエステル一行は港町ベスを目指す。

 そう、あの激戦から二十日はつかほど過ぎた今日は新たな旅立ちの日だ。

 走行獣レッグホーンを借りることなく、徒歩であったため、往復で二日を使うこととなったが、精選を経た今、東大陸ヒュートでの野宿はお手の物である。


 ベスの船着き場に着くとステアやラゴス夫婦。そしてテッドたちの姿が見える。

 みんな見送りのために、集まっていたのだ。

 ラゴスやテッドたちに激励と抱擁を受け、グッド船長の待つ船の甲板へ上がり始め、そこでエステルが振り返ると、ステアが綻ばせていた口を開いた。


「あなたは一種ひとりじゃないわ。私たちも応援してるし、何よりも頼りになる仲間がいる。だから私何も心配してないわ! だから……思いっきり冒険を楽しんでらっしゃい」


「うん……! わかってる……! 次はもっと素敵な冒険の話を聞かせてあげるからね! ……――じゃあみんな行ってきます!!」


 エステルが乗り込むとグッド船長の出港の声が響き渡る。

 お互いが手を振り、声を振り絞りながら徐々に船は岸から離れていく。


「さぁこれからが本番だね……まぁ南も歓迎ムードだろうからすごい騒ぎだとは思うけど……」


南大陸バルバトスの北側だからの。魔獣の脅威も比較的落ち着いとるだろうしの」


「初めての地なので不安はありますが……セキ様がいるのでとても心強いです」


「ワクワクしますねっ! 薬草も種類が豊富ですし、楽しみです!」


 東大陸ヒュートが見えなくなり、全員が自然と船の行く先を見据えながら、これからの冒険への期待と不安を吐露している。

 踏み出した第一歩から見える景色に鼓動が昂り、いてもたってもいられないと言ったところだ。

 そして一番胸を弾ませるエステルが船首へと向かい振り返った。


「――よし! これからが本当の冒険の始まりだよ! みんな準備はー?」


 エステルの言葉にルリーテたちはおろか船員さえも拳を握りしめ咆えた。


 精霊の誕生地を経て次の物語は、南大陸バルバトスという強力な魔獣がひしめく冒険者憧れの大陸だ。


 まだ見ぬ大陸に向けたエステルの顔を、海風が優しく撫でていく。

 雲の切れ間から覗く日差しがまるで、エステルたちを導くかのように光の道を海上に照らし出すと、エステルたちの気持ちに押されるように、船はさらに速度を上げて光の道を突き進んでいった。



         パレット探求記 第4章 決戦の誕生地

                  完

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