第98話 母親の姿

「ん~~~っ!! スピカ村に戻るのは数カ月振りだけど、なんか気分的には数年経ってるように感じるな~!」


 エステルが天に腕を伸ばしながら深呼吸と共に辺りを見渡している。

 ここは東大陸ヒュートの西に位置する村、スピカである。

 精選を終えたエステルたちが一カ月の期間をどう使うかを相談した結果でもある。


 セキはそもそもが南大陸バルバトス出身のため、むしろこれから向かうということで、特に意見はなく、エディットはワッツたちに報告がしたいというのが要望であった。

 エステルとルリーテも、ステアやラゴスへ直接伝えたいということもあり、東大陸ヒュートへ戻ることとなったのだ。


 もちろん東大陸ヒュートへ戻る道中としては、ホルンのガサツ家、オカリナから南にあるクヌガ家へ寄り、精選の結果報告を行っている。


 さらに当然のごとく、その両家では盛大なお祝いの席が結果報告前から準備済だったようで、エステル曰く「契約できてなかったらこの周辺には今後近寄れなかったかもしれない」とのことだった。


 また、うれしい誤算として、ホルンで以前セキがお世話になったグッド船長と連絡を取ることに成功したため、ガサツ家、クヌガ家の後、中央大陸ミンドール東の港町アルトから船で東大陸ヒュートの港町ベスへ送ってもらうことができたのだ。

 ちなみに精選に向かう際もタイミングを合わせて送ってくれるようで、エステルとグッド船長が共振石を用いた連絡先の交換を行っていた。

 その後、グッド船長と別れた一行は、徒歩でスピカ村へと到着したところであった。


「でも……なんだろ……ちょっと様子が……」


 自身の家路を辿るに連れ不自然な違和感を覚えるエステル。


「そうですね……ですがなんでしょう……何がと言われると……」


 ルリーテも同様に戸惑っているようで、慣れ親しんだはずの道でありながら首を振りながら歩いていた。


「エステルさんとルリさんが育ったお家が見れるのはワクワクしますねっ!」


 初めて東大陸ヒュートに来たエディットはお気楽そのものである。さらにエステルとルリーテの親が見れるとなればなおさらだ。


 そして……場所にたどり着いたエステルはそこに建っている建造物を見上げていた。


「なんでこんな立派な家が建ってるの……?」


「これは……どういうことでしょうか……」


 エステルとルリーテが一目散に駆け出した。

 エディットもそれに続いたが、セキはその家を注意深く見て回っている。


「――え……?」


 そしてステアが働いているであろうラゴスの紹介所に到着した時、またもや二種ふたりは、信じられないものを見たようにその場で立ち竦んでいた。


 以前の自宅の半分を改装した紹介所はすでになく、その場に建っていたのは、大きくはないが立派な一軒家と、それに隣接して建てられたクエスト紹介所と思われる建物だった。

 失礼な話ではあるが、自宅もラゴスの紹介所もこんな改築をできるほど潤っていたわけでないことは、ここにいたエステルとルリーテが一番理解している。

 二種ふたりは、戸惑うエディットに気を向けることさえできず、紹介所の扉に手をかけた。


 恐る恐る開いた扉の先は、正面にクエストの受付卓カウンターが備えられ、報告所と換金所を兼ねたものということがわかる。

 右手側は受注所代わりのようで、壁に貼られたクエストの発注書が目に飛び込んできた。

 左手側は酒場となっているが、以前の面影はなく、ダークブラウンの木材で統一された一言で言えばモダンシックな酒場さかば、いや酒場バーと言い換えたほうが印象イメージとしては的確に見えた。


 その光景に呆然と立ち竦んでいると、酒場バーの奥から一種ひとり老種ろうじんが顔を出す。

 さらにその老種ろうじんがエステルに視線を向けると思わず、その表情に更なる皺を刻むこととなったのだ。


「……おかえり。エステルちゃん、ルリーテちゃん」


 微笑みを向けたのはもちろんラゴスである。

 エステル、そしてルリーテも目を輝かせ走り出すとラゴスへ飛びついた。


「ただいま! ラゴスさん!」


「ラゴス様たちのおかげで――」


「おぉ……二種ふたりで喜んでくれるのはうれしいけど、あの子もエステルちゃんたちの仲間なんだろ……?」


 エステルたちを受け止めたはいいものの、置き去りとされていたエディットに弧を描いた瞳を向けるラゴス。

 その言葉に我に返ったようにエディットの元へ駆け寄り、腰に手をあてたエステルは、いつも以上にその八重歯を見せながら、


「うんっ! この子はエディ! すっごい頼りになる癒術士なんだよ!」


「初めましてっ! あたしはエディットといいます! こっちは相棒のチピです!」

『チピィー!!』


「うんうん……エステルちゃんたちと気が合いそうな素敵なお嬢さんだね。私はここの紹介所を経営しているラゴスと言う者だ。よろしく」


 ラゴスの朗らかな笑みに釣られ、エディットも顔に向日葵を咲かせ、紹介所内に暖かな空気が流れ出す。


「それでラゴスさん……この――」


 エステルがラゴスへ問いかけようするも、背後から迫る足音によって遮られることとなる。


「買い出し終わりました。あら……探求士志望の子?」


 その声を聞き間違えるはずはない。

 振り向いたエステルとルリーテの瞳に映った黒髪の美女。

 出発前の時よりも、顔色や肌のハリが見違えるほどに良くなっているが、それは紛れもなくステアの姿だった。


「お……お母さん……! ただいまっ!」


「ステア様。ただいま戻りました」


「あらっ……ふふふっ……お帰りなさい。精選は上手くいったみたいね」


 エステルとルリーテをその瞳に映し、嬉しさに揺れるような微笑みと共に返す。それは、子の気持ちを言わずとも察することができる母親の姿そのものであった。



◇◆

「う……ぐぅ……え~と……ごめんなさい……」


 セキが正座をし、周りを取り囲まれている状況である。

 スピカに寄ったこともエステルたちに話していたが、素材を提供し改築を行う旨を伝え忘れていたのだ。

 ステアやラゴスが説明を終えたタイミングでセキは合流するあたり、運も持ち合わせていないと言えるだろう。

 ルリーテは胸を撫で下ろすに留まったが、立ち退きを要求されたのでは、という考えさえ過ぎっていたエステルに長々と説教をされていた、という状況であった。

 セキはセキでここまで迅速に事が運んでいることに驚いていたのだが。


「エステル~……セキくんは私たちのためを思ってやってくれたんだからいいすぎよ~?」


「だっ――……だってほんとに心配だったから……」


(ステアさんがフォローをしてくれてる……あぁ……いつも誰も助けてくれないからなぁ……はぁ……頭撫でられながら慰めてほしい)


 ステアがいるとここまで救われるのか、セキは考えた。

 そこへラゴスが皆に視線を送りながら口を開く。


「それじゃ今日は臨時休暇にしようか。うちの紹介所から初めての精選突破者を盛大に祝わなければいけないからね」


 その一言にステアや奥にいたデミスも賛成。

 さらにクエストからテッドたちも戻ったことにより、ガサツ家、クヌガ家に続く宴となったのだ。

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